監督力 サッカー 名将の条件
自分が応援しているクラブの監督に不満がある人へ、あるいは、日本代表監督にはモリーニョやベンゲルを呼びたいと思う人へ
- ISBN(13桁)/9784882932536
- 作者/西部謙司
- 私的分類/サッカー(古今監督評)・ヨーロッパ+Jリーグのサッカー
- 作中の好きなセリフ/
どんな運命をも受け入れ、しかし決して投げ出さない。気弱そうな笑顔を浮かべながらも、地獄の一丁目を口笛を吹きながら歩いていく男。キングス・ロードの子供たちは”いい大人”の見本を持ったと思う。
【私的概略】
第一章:監督とは何か
サッカーは、ボールを手で扱うことが許されないスポーツなので、結果が運に左右される場面がある。そんな不確実な運命に、あえて挑んでいくのが監督というものだ、というお話。
第二章:南面する監督
古代中国の王は南を向いて座った。ただ南面するだけで国が治まるのが、最高の王とされたという。レアル・マドリードの監督も、南面するだけでチームを治めなければならない、というお話。
第三章:リアリズムの系譜
当時、リッピ監督に率いられ、最強だったユベントスは、勝つことだけを目的として、リアリズムに徹して作られたチームだった。リッピの弟子、デシャン監督が率いて、CL決勝まで行ったモナコも、小さなユベントスだった、というお話。
第四章:威張ったサッカー、威張らないサッカー
決め打ちのプレーしかしない、しかし、そのプレーは頭抜けてスペシャルなプレーの集合体、マンチェスターユナイテッド。幅広い選択肢を用意して流動的な攻撃を展開するアーセナル。両者の長所と短所、監督の特徴についてのお話。
第五章:監督よもやま話
著者がこれまで見たり聞いたりした監督に対する、雑感。Jリーグの監督から、ヨーロッパの監督まで。
第六章:グーフィーの挑戦
大富豪アブラモビッチがオーナーとなったチェルシー。前オーナーに雇われたラニエリは、新オーナーの不信や、大量に獲得された新メンバーのチームへの融合に苦労しつつも、CL準決勝まで進出させることができた。
急に富裕になって、突然クラブ方針が転換した状態で、ラニエリほどの成果を挙げるのは並たいていではないよ、というお話。
第七章:未来へ架けた橋
Jリーグ以前の時代。三菱サッカー部の監督でリーグ優勝2回、若くして日本代表監督になった二宮氏が、周囲の反対を押し切って実行した、斬新な日本代表強化策の話。サッカー先進国がプロ化→代表強化につなげていくなか、アマチュアにこだわった当時の日本サッカー協会の考え方が、世界の潮流にそぐわなくなっていた様子が浮き彫りにされる。
第八章:監督の選び方
イビツァ・オシムをジェフ千葉に連れてきた人物、祖母井秀隆氏の話。監督を選ぶときのポリシーや、千葉に、ベルデニック、ベングローシュ、オシムを連れて来た時の様子について。
第九章:File−Z
ジーコ日本代表監督(当時)のチーム作りへの疑問を列挙。
【感想】
まず、表紙が面白いですね。ジーコ、ベンゲル、デシャン、オシムの似顔絵です。神戸や函館で観光客相手に絵描きさんが描いてくれる似顔絵並みに(あるいは、それ以上に)似てます。
戦術に詳しいことで有名な西部さんの著作ですが、本書は戦術本というよりも、サッカー読み物てきな内容でした。
第二章:南面する監督は、デルボスケの話。これが書かれた5年後にスペイン代表をワールドカップ優勝に導きました。欧州選手権を制覇した代表の力を維持プラスアルファするのは案外難儀なミッションだと思うのですが、やりとげました。しかも、外見的には、わりとアッサリと。確かに「皇帝が南に面して座れば、国が自然と治まる」を思わせる雰囲気です。面白い意見です。
第三章:リアリズムの系譜は、ユベントスやモナコの話よりも、イタリア選手の守備教育の話に興味がありました。曰く、イタリアのあるユースチームでは、2対2の守備方法を200通りに細分化して叩き込むとのこと。別のテレビ番組でも、イタリアのユースの選手が、夏休み期間にクラブから宿題を課されていて、分厚い守備戦術の本の内容を覚えてくること、というものだった、というようなのを見たことがあります。テレビに映ったその本は、ちょっと呆れるくらいの厚さでした。
それを見た時「イタリア人を日本代表監督にできね〜かな〜」と無いものねだりな感傷に浸ったものですが、今や、そのイタリア人が日本代表監督ですからね。期待しましょう。
第六章:グーフィーの挑戦は、そのイタリア人監督、ラニエリのお話。チームを強くするには、お金が必要。ただし必要なのは、お金だけではない、という話ですね。クラブのオーナーが突然、アブラモビッチに入れ替わって、お金も出すが口も出すようになって胃に穴があくような辛い立場に立たされて、にもかかわらず、それらを全て受け入れて、なおかつ結果も出し、胸を張ってクラブを去って行った、という。。。
しかし、アブラモビッチがオーナーになって大金を投じたときは案じましたが、その後、リバプールやマンチェスターユナイテッドが金満オーナーに乗っ取られてクラブの財政を蝕まれていくのを見ると、アブラモビッチはサッカーやクラブへの愛情を、ちゃんと持ってたな〜、良いオーナーと言えるんじゃないかな〜、と思いますね。
第七章:未来へ架けた橋は、日本にJリーグができる前、日本代表が全く結果を出せなくて、改革の機運が徐々に醸成されつつあった頃のお話です。名門、三菱の社員だった二宮氏は、チームをリーグ優勝2回、天皇杯2回優勝させ、若くして代表監督に就任しました。欧州先進国に有望な選手を派遣したり、遠征したりして、世界のトップレベルというものを体感させたり、選手の待遇を合理的な内容に改善したり、、、退任後は、自分が老害になることを嫌ってサッカー協会からスッパリ足を洗い、その後、三菱自動車の役員になったという。格好良い生き方ですね。モダンな感じです。俗に言われるのとは違う、正真正銘の「エリート」、というような。。。
第八章:監督の選び方は、フロントのお話。強いクラブに必要なのは監督だけではなく、フロントが一貫した方針を持っていることも大事ですね。ということです。そして「一貫した方針」とは、具体的には何なのよ? という内容が雰囲気レベルで書かれていましたが、それよりも、「この人と一緒にやって行きたいと思えるか」こそが監督選びの重要ポイントだ、というのが、意外に平凡ながら、一流の人でもやっぱり基本はソレなのね、と納得できます。
サッカーのフロントや監督というのは、目立ちません。チームを勝たせるための方法論は難しくて素人に理解困難なので、やはり結果だけで判断されてしまいます。しかも、勝った時にクローズアップされるのは、監督ではなく選手です。
そして、長く評価され続ける監督は、そんな人たちの中の、ごく一部です。本書は4年前に書かれた本ですが、登場している監督の中で、4年前と現在と終始一貫して高い名声を保ち続けているのは、3人ほどです。
では、それ以外の人は、監督の能力に問題があって評価を下げたのかというと、「そんなことは無い、彼らはいずれも、大した男たちだ」というのが本書を読むと分かります。評価を下げた原因は、まさに第一章にある通り、手を使えないスポーツであるが故の不確実な運命に、あえて挑んだ結果にすぎません。
W杯南アフリカ大会後、ザッケローニが日本代表監督に就任しました。その時、一部メディア等が、「過去の人物」「時間をかけてでも、もっと良い監督を探すべし」と唱えました。確かに10年前の評判に比べれば、監督としての評価は大きく下がっている人物です。能力云々も、正直私には分かりません。
しかし私は、評価が下がってもめげることなく、不確実な運命に再挑戦した、しかも、再挑戦のパートナーに極東の日本を選んだ心意気を重しとしたいところ。
受験勉強じゃないですから、「うちの子は有名進学塾だから大丈夫」的な有名監督丸投げ後は見てるだけで安心状態は、つまらない。日本サッカー協会が「この人と一緒にやって行きたい」と決めたザッケローニと、W杯ベスト8の壁に挑み、共々に成り上がっていくことこそが、人々の共感を呼ぶと思います。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(各章が短いので疲れません)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(監督の色々なタイプについて)
繰り返し読めるか…3/5点(時間を空ければ可能)
総合…4/5点(読み物として面白かったです)