山村美佐最期のミステリー「京都在原業平殺人事件」

 1999年2月27日に放送された土曜ワイド劇場。未完のまま亡くなった山村美佐の遺志を継ぎ、西村京太郎が完結させたもの。
 雑誌社のライター・早川明子(石田ゆり子)は在原業平の取材で京都の十輪寺を訪れる。そこで偶然京都府警の狩矢警部(田村亮)と知り合う。狩矢警部と別れたあと、明子は京南大学を訪ねる。従兄弟の露木豊(川原和久)が文学部の助教授をしているからだ。そこで同じ助教授の細川和也(伊原剛志)と10年ぶりに再会する。高校生だった明子がほのかに思いをよせた相手だった。明子はその夜、大杉教授(木村元)の出版記念パーティに誘われる。そこで、大杉の長女の美子(長谷川真弓)と助教授の野田(米山善吉)が婚約中であること。そして、豊が次女の麗子(古川理科)と付き合っていることを知る。美子は先妻の子、麗子は後妻の子で美子の家庭内での立場はつらいものだった。美子が明子に話し掛けてきた。業平の和歌で何が好きかと。明子は「かきつばた」と答える。これが後々重要なヒントになるのだ。その後、女性講師の伊達麻里子(山村紅葉)が和也に万年筆を借りるがインクが切れていて書けなかった、というエピソードが入る。これもヒントだ。
 その席で豊が殺される。ワイングラスに毒が仕込まれてあったのだ。駆けつけた狩矢警部は大杉に言った。以前の二つの事件と関係があるのではないか、と。野田がすかさず大杉をかばうように口をはさんだ。厨房で怪しい男が目撃されていた、と。
 明子は和也から二つの事件のことを聞いた。1年前、業平に関する「古文書」が発見されたが鑑定の途中で紛失していたのだ。その古文書の内容次第では大杉の学説が覆される、というものだった。大杉は業平と藤原高子の恋愛に否定的で、業平が一方的に思いを寄せていた、と主張していたが「古文書」には業平を思う歌が綴られていて、大杉がわざと無くしたかも知れないのだった。そしてもう一つは、古文書の鑑定スタッフだった井上千春という女が飛び降り自殺していたことだった。研究のいきづまりでノイローゼになっていたらしい。
 やがて、厨房の裏にいた不審者の似顔絵から千春の弟が浮かび上がる。
 明子は大学の研究室でほかの助教授らから、豊と野田が教授の席を争っていたことや、千春が豊と付き合っていて、豊が麗子に乗り換えたことを知り、騒ぎ出した千春を自殺に見せかけて殺したのではないか、ということを聞かされる。以前のやさしい豊しか知らない明子には信じられないことばかりだった。
 大学を出た明子は狩矢警部と会う。そして、井上千春と弟が写った写真を見せられる。1年前の事件のあと、弟は警察に乗り込んできて姉は自分を置いて死んだりはしない、と主張していたらしい。狩矢警部はそのことがずっとひっかかっていたのだ。だが、パーティ会場の外にいた彼に、豊のグラスにだけ毒を入れるなんてことがどうしてできたのか?
 狩矢と別れた明子は大学から出てきた野田の車を尾行する。タクシーが都合よく来るなんてできすぎだわ。野田は途中で麗子を拾いラブホテルに入って行った。警察も野田をマークしていて、明子は警察から連絡を受けてやってきた和也に、事件には首をつっこまないようにいさめられる。
 次の日、研究室にいる野田を美子が訪ねる。野田は麗子とのことがばれて、美子が乗り込んできた、と思ったが美子にはそんなことはどうでもいいことだった。美子は1年前の事件の日、仕事で遅くなっている父親と野田に差し入れを持って研究室を訪ねてきていたのだ。そして父と野田の会話を聞いていたのだ。野田は場所を変えて話そうと外に連れ出した。そして、野田が車のキーをさしこんだ瞬間車は爆発した。野田は即死。美子は意識不明の重体だった。
 翌日、一時的に美子は意識を取り戻した。その間に看護士に頼んで紙と万年筆を持ってきてもらい、歌を一句詠み明子に託したと言う。ボールペンではなく万年筆にこだわったのがミソだ。「かきくもり すがたもきえて やえがきの うちなるやかた 鬼の住むらむ」それを書くと美子は再び意識不明に陥った。なぜ明子に託したのか、明子にはさっぱりわからなかった。
 病院を出た明子は写真で見た千晴の弟がいることに気づき、逃げる弟を追う。そして、彼に千晴のことを聞き出す。千晴は好きな男にプレゼントのネクタイピンを注文していたらしい。自殺する人間がその日に注文するはずがない、と弟は思った。ネクタイピンに使われている宝石はサファイヤだった。9月の誕生石である。
 やがて、大杉の部屋から「古文書」と遺書がみつかり、大杉は姿をくらませた。露木と野田を殺したのは自分だ、と告白した内容だった。そして、そのことがマスコミに知れることとなり、大学は大騒ぎになる。誰かがリークしたのだ。狩矢警部と「かきつばた」について話をしていて明子はあることに気づいた。「かきつばた」は句の頭文字をつなぎあわせて「かきつばた」となっているのだ。美子の詠んだ句の頭文字をつなげると「かすや」すなわち和也を指していた。明子は大学から出てきた和也のあとをつけ、嵐山の別荘に向かった。そこには大杉が監禁されていた。明子は窓を割って中に入り、和也を問い詰めた。
 和也と千晴は付き合っていた。古文書の鑑定スタッフに選ばれた千晴は自分を認めてもらおうと必死でがんばり、やがて大杉とはちがう学説に至った。自分の保身のために大杉らは古文書が紛失したことにして、古文書を隠し持っていたのだ。そのことを追求してきた千晴を自殺に見せかけて殺した。ノイローゼになっていたと口裏を合わせたのだ。パーティの会場で和也は万年筆にしこんだ毒をグラスに注いだのだった。露木の死んだあと、大杉は野田に脅迫され言いなりになっていた。そして、その野田も殺した後、和也は二人のロッカーから古文書を見つけた。あとは大杉を殺すだけだ、とナイフを突きつけたとき、狩矢警部らが駆けつけた。追い詰められた和也は万年筆を口にし、死んだ。
 その後、美子は順調に回復してきた。美子は千晴を殺したのが父や野田とわかっていたが、警察に言えずに苦しんでいた。そして、パーティの席上、美子は和也が毒を入れるのを見てしまった。だが、密かに和也に思いを寄せていたため言い出せずにいた。しかし、これ以上和也に罪を重ねさせたくなくて、和歌に託して明子に訴えたのだった。なぜ私に?といぶかる明子に狩矢警部が言った。「愛する人の言葉だときくのじゃないかと思ったそうですよ。」