「外科医のお仕事」-0429-

 去年の今頃は六時や七時には採血始めてなけりゃならなかったわけですが、最近はだいたい毎日八時くらいに病院に行きます。月曜日はその週の予定手術のカンファがあるので、5階病棟からカルテと画像持って読影室へ赴き、シャウカステン(レントゲンとかをみるための道具)にフィルムをかけて、他の三人の外科医とオペ室の婦長改め師長を待った後、簡単にプレゼンテーションします。そして九時くらいから回診を始め、八階病棟から順に混合病棟を下り、外科がメインで使っている五階病棟の回診がすんだあと、ケモ(化学療法)の薬準備したり、点滴の指示出したり、点滴針指すのを失敗してみたりしながら、医局で昼食食べてオペ室へ。

 月曜日にやって来る麻酔科の先生は、僕に気管内挿管をやらせてくれるのですが、今日の患者さんは首の伸展が悪くて声帯が見えず、僕の出番無し。手術体位をとったら手洗いしてガウン着て、手袋はめて第二助手の立ち位置に立ちます。手を出して怒られたり手をださなくて怒られたりしながら、「ちなみにこのラインを何て言う?」なんて不意に問われると、確かに知っていたはずの解剖学用語が遙か彼方へ吹っ飛んで、声が上擦ってしまったりするのですよ。最近そんなのばっかりでちょっと自分がイヤなんですが。

 脂肪だらけのお腹を手こずりながら僕が縫って、執刀医が結んで、消毒して、ガーゼ当てたあと、消化器外科の宿命とも言える標本整理という時間があるのですが、これは正直、まだ好きになれないのです。今日の場合、手術でとれたのは腸間膜の着いたS状結腸と直腸で、この腸間膜の中から血管を追ってリンパ節をはずし、最終的には腸間膜を超から取り除き、それぞれ大きさはかったり写真撮ったりした後は、板に打ち付けてホルマリンで固定します。本当はこんな作業を、解剖学的知識のためとか、手術手技のためとかに生かせればいいのですが、まだまだ僕は時間がかかるばっかりで、少しのリンパ節に、おまけで脂肪を混入させて、病理医の負担を増やしているような気がします。

 外科医の仕事と言えば、華々しい手術シーンばっかり思い浮かぶのでしょうが、手術のあとには標本整理があって、病理医の手を経て確定診断に至るのです。テレビドラマでは扱われない部分ですが。

 そしてそのあまり得意でない標本整理をはじめようとしたとき、右下腹部痛を訴える少年が救急外来に来ていると連絡が入るのです。ここ赤十字病院は言ってみれば僻地にある病院で、かなり広い地域を医療圏としています。日赤精神相まって、救急患者はそれなりに多いのが特徴なんですが、ここんとこ立て続けに腹痛ばっかり診ています。少し前は、鼻出血とか鼻骨々折とかばっかり診ていたような気もするのですが、こういうのにも流行りがあるのでしょうか。

 僕の病院にはかなり熟達した技師さんが、エコー(超音波)でお腹の隅々まで本当に良く診て下さるのです。腸管から虫垂を追って、いわゆる盲腸、正しくは虫垂炎の診断、あるいは除外診断をかなりのところまでやって下さるのです。エコーとか、内視鏡とかいった画像診断は、画像を得るためにも高度な手技が要求されるもので、僕が一人で当直しているときなど、僕一人にそれらの画像を扱う義務が生じた時は、内心震えるのです。最近は、救急でもCTくらいまでならすぐ撮れますが、それを読むのは僕なのであって、急に完璧にはならない以上、じわじわと登っていくしかないのです。登っていく最中にも患者さんは容赦なくやって来るのであって、僕は当然、僕の能力外のことについては見逃す、というか、逃す前にまだ見えていないという事態が生じると思うのですが、どこまでが妥当な医療で、どこからが医療ミスなのか、いつもそのジレンマに陥るのです。

 とりあえずその患者さんは、腸間膜リンパ節炎の所見こそあるものの、手術や入院は要しないとの判断で、帰宅したのでした。僕は術後の患者さんを診たり、動脈血採血したり、標本整理の続きをやって病理伝票書いたり、カルテ書いたりしたあと、コンビニに寄って帰宅したのでした。今日はだいたいこんな感じです。