熱気に当てられて

 フットワーク軽く生きているつもりでいながら、所有物とか思い出とかしがらみとかに縛られているのかもしれません。少しずつ体にまとわりつく糸が増えてきて、藻掻くための力も年々確実に衰えているのを感じます。医者たちの集まりの毒気に当てられて、あるいは若い人々の熱気に当てられると、ひどくくたびれてしまうようです。もう2週間ばかり完全フリーの日が無いというのもあるのかも知れません。もう少し働けば休日が。待ち遠しい。
 昨日は2ヶ月に一度だけ訪れている長野県内の某病院でお仕事でした。大学の後輩がもともと地元でもあるその病院付近に住んでいて、その外勤に訪れる際に昼食を共にしています。今年はほぼ常勤の病院でしか働いていないため、雪深い地方のバイトに頻繁に行かなくてはならなかった昨シーズンのように、冬用タイヤに履き替えていません。ここ最近、滅多に雪の降らない我が家の付近でも何度か少し積もるほどの雪が降ったことも踏まえ、その外勤にどうやって行こうかと思案していたのです。
 元来車の運転は好きではなくて、本当に生活の手段として嫌々乗っています。嫌々でも車を使わないと本当にどうしようもないところに生活の手段があるのです。昨年度仕事に行っていたような病院も、昨日赴いた病院も、公共交通機関を用いて行くのにはかなり不便なところにあるのです。田舎というのはそういうふうにできています。一応チェーンはトランクに積んであるのですが、着脱が面倒でほとんど使ったことがありません。とりあえず一昨日の時点では道路に雪は無さそうで、チェーン規制もかかっていないから車でなんとか行けないだろうか、でも基本凍りやすい土地だし…なんてネットの情報みながら逡巡していたところへ、夜に先の後輩から「大雪だから気を付けて」のメールをもらったので、新幹線とローカル線を乗り継いでいくことに決定したのでした。
 そもそも我が家から駅へのアクセスも結構不便なので、とりあえず新幹線の発着駅まで車で向かい、そこから新幹線に乗りました。スキー客が楽しそうに朝からビール呑みながら盛り上がっているのを横目に車中を過ごし、その後30分ほど氷点下を雪が舞う駅で1時間に1本ほど発車するローカル線を待って乗り継ぎ、病院の最寄り駅からタクシー。午前中に数件の胃カメラをするためになんでこんな思いをしているのだろうとか思い、それなりの報酬と交通費を支払ってまで遠方から医者を呼ばないといけないのだろうかと思い、とりあえず僕が生きている間くらいは、外科医やめても内視鏡だけで食ってはいけるのかなと思ったりもするのでした。
 胃カメラをこなし、後輩に病院まで迎えに来てもらって昼食をとり、場所をかえて美味しいコーヒーを頂きました。iPhoneで天気情報をチェックすると、どうも長野だけでなく、我が家付近にも雪が降りそうな感じだったので、当初は昼酒も想定していたものの、早々と長野を後にすることにしました。夜から別の後輩の結婚パーティーに参加することになっていて、それは車をとめた駅のすぐそばだったので、せっかく電車で行った仕事、昼酒でもしてゆっくり戻って、パーティーの後は運転代行を利用して帰宅しようと考えていたのです。雪となると、ノーマルタイヤのままの客の代行をするのを避けるために、代行が営業をやめてしまったりするので、一度車を自宅へ持ってかえることにしました。結果としては代行も営業していたのですけれども、僕の家の周りにはそれなりに雪が降って、今朝は少し凍っていました。
 今回結婚パーティーを開いた新郎新婦の両者とも、大学の部活の後輩なのだけれども、学年的には在学がかぶっていない世代です。大学の近くに住み、働いているメリットを最大限いかしているというべきか、何度と無く書いているように、なかなか僕が「大学時代」という青春から意識の上で離脱できず、ネバーランドを彷徨っているというか、部活の行事などに割と積極的に顔を出し、学生たちと割と頻繁に呑んだりしているのもあって、よく知っているといえば知っているのです。当然彼らが招く世代というのはさらに若い世代も含むわけで、そういう若い人々がたくさん集まる場所で、僕はしばしばその熱気に酔ってしまいます。常日頃、僕が診る患者さんのほとんどは高齢者であり、大学から離れて今働いている病院の診療科で、僕は一番下っ端。仕事という、生活のかなりの時間を割いている場所で、自分より若い世代との接点というのがかなり少なくなっている中、僕は本能的に職場と利害の無い場所や、瑞々しい若い力を感じることを希求しているのです。
 若い熱気に当てられることは、僕にとっては非日常でもあり、その熱気に酔ってしまうことが少なくありません。昨日も主役以上にはしゃぎすぎてしまったような気もしますがごめんなさい。それでも2次会が終わる頃には翌日の仕事のことを考えはじめ、3次会は遠慮して帰路へ。
 今日はひどくくたびれた体を引きずって、常勤の病院へ向かって回診の後、やや気の重い説明を一件。しばらく休日が無いということもあり、その反作用で昨日のパーティーで気持ちが高揚し、さらにまたその熱気に当てられた後の反作用で、再び気持ちが沈むという日曜日でした。
 病棟がそれなりに平和なのは救いであって、たまっていた書類仕事を少し片づけて午後帰宅した後、特に呼ばれることもなく過ごしたのだけれども、やはり夕方寝てしまいました。浅い眠りだけれども、それでもだいぶ楽になりました。また明日からの一週間を頑張りましょう。今週末は休日もとれるはずです。