空中キャンプ

2006-04-11

なんとなく働くという知恵

25歳までふらふら遊んでいた、ともだちの女の子が、ついに就職することを決め、職探しをしているところだという。彼女の話をいろいろと聞いていると、とても興味ぶかく、社会経験のあまりない子たちが、「就職をする」ということをどうとらえているのか、わずかだが、わたしなりに気がつくことがあった。

何社か履歴書を送った、というので、会社名を教えてもらうと、「COACH、プラダ、エスティーローダ」。その子にとって、就職がどういうものなのか、会社名だけでもなんとなくわかる。そういった、きらびやかな会社に入ることが、彼女にとっての自己実現であり、それ以外のよくわからない仕事をするのは、単なる苦役のようなものであるらしい。うーん。気持ちはわかるのだが、働くということに対するイメージが、すこし貧しいように感じた。世の中にはたくさんの仕事があって、どれもがそれなりにおもしろい。どんな仕事だって、やってみればけっこうたのしめるものだ。彼女と話していると、社会経験のなさとは別に、働くということについて、あまり現実的ではない、過剰な期待があるような気がした。それは仕事が、イコール自己実現であったり、達成であったりするためだ。

「すきなことを仕事にする」という考え方は、たくさんの人たちに刷り込まれているが、これは一見まともな意見のようでいて、現実的にはかなりきびしいものではないだろうか。あの、世の中の人たちがみんな、すきなことを仕事にしていたら、成立しないからね。社会は。たいていの人たちは、理由もなく、必然性もなく、ただなんとなく働く。そういうものである。適当に職探しをして、たまたま採用してくれる会社があったから、なんだか入った。そして、それがまちがっているとは、わたしにはどうしてもおもえない。なんとなく働くこと、偶然にまかせて仕事を選ぶことは、ある種の行き詰まりをうまく回避してくれるような気がしてならない。

「もう、いっそのこと、山田水産に入ればいいよ」
「なにその会社」
「今、俺が適当に考えた。山田水産」
「やだよ、そんなの」
「いいんだよ、山田水産に入るんだよ。山田水産はマグロを輸入する会社で、東シナ海の漁船からマグロをどんどん買い付けるのね。もう、毎日マグロの仕入れ。港に何匹入ったとか、漁獲量が減ったから値上がりしたとか、そんなことをひたすらやるんだよ。べつに、マグロとか全然すきじゃないのに。でもなんかさ、そのうちすっげーマグロに詳しくなっちゃって、回転寿司にいったときとか、皿の上の中トロ見ただけで、卸値とか原価とかだいたいわかっちゃうし、つうかそんなにマグロに詳しい私ってなに? っておもうんだけど、でも意外に不満はないっていうか、まあマグロもありかな、みたいな気持ちになってくるんだよ。 だからプラダじゃなくて山田水産に決めた方がいいよ」