空中キャンプ

2007-01-22

ごめんなさいね、男がこんなで。

このところ、スポーツクラブの休憩室で、よく anan を読んでいる。自由に閲覧させてもらえるのだ。占いやダイエットの号はあまりすきではないが、やはり人間関係や恋愛にかんしての特集はおもしろい。つい読み入ってしまう。「利き手と逆の手でドアを開けると、そのちょっとぎこちない仕草が男性に好印象」などという記事を読んでいると、せつなさを通りこして、逆にぐっときますが、それより興味ぶかいのは、女性誌が男性にたいする不満を中心に記事を組み立てることがおおいという点である。

一部の男性は、もう恋愛というゲームそのものから降りてしまっている。そこが女性にとっては不満なわけだ。女性の側から誘いだそうと手をつくしても、ゲームに参加する意志がなくなっているのである。女性としては、それでは困るわけで、どうにか同じ土俵に上がってもらおうと工夫するのだが、だからといって女性からあからさまに誘うこともできない。のらりくらりと態度をあきらかにしない男性。理由はめんどくさいから。たしかに、これでは不満になるとわたしもおもう。

もちろん、一部の男性というのが、どのていどの割合になるのか、そこは判断がむずかしいが、こうした不満は理解できる。たぶん、たくさんいるんだろうな。ゲームから降りてしまった男たちが。ごめんなさいね、男がこんなで。やっぱり恋愛ってややこしいですからね。くわえて、ひとりの女の子と対峙するのには精神的なエネルギーも要るから、あんまり元気のない男の子なんかだと、もうぐったりしてしまう。「そこがいいんじゃないの、ややこしくてたいへんなところが」という女の子の気持ちはよくわかるものの、自分ひとりでそれなりに快適な時間を持つことができるのであれば、趣味やひとり遊びに向かう気持ちもわからなくはない。もし他にたのしいことがあったら、わざわざ恋愛のフィールドでみじめな気持ちになったりなんか、したくないかもなあ、とおもう。

わたし自身、ひとりで本を読むのがすきだし、ひとりで水泳をするのがすきなので、すこしどきっとしてしまうのだが、男女間のコミュニケーションがこのまますれ違っていったら、それはそれですごい世の中になるよなあとおもいつつ、こっそり英語の勉強をするのだった。ひとりで。