空中キャンプ

2007-09-11

あらたなる声明

「あのさー、もうすぐ声明だすことになったから」と、彼はいった。世田谷区のせまい1Kアパート。オリジンのバランス弁当をおいしそうに食べながら、かたわらに置いた2Lペットボトルの烏龍茶を、直で飲んでいる。彼と一緒に暮らしはじめて二年。すっかり日本にもなじんでしまった。「俺、日本人に生まれたらよかったな。日本、ごはんうまいし、女の子かわいいしさ。男は、サウジアラビアの方がイケてるとおもうけど。サウジアラビアって服とかカッコわるいしねー。俺も学生服着たかったよ。そいで学生服デートするの。あはは」。僕は、声明のことが気になっていた。

「ちょっと、声明ってなに」と僕は訊いた。二年前、彼を居候させる条件はふたつあった。ひげを剃ること。そしてテロをやめること。タフな交渉の末に、彼はひげを剃り、テロをやめると約束した。じっさい、今の彼はテロとは無縁の生活を送っていた。ふたりでタイフェスティバルにいってグリーンカレーを食べたり、鵠沼海岸で花火をしたりして、のんびりすごしていたのだ。どうして今さら、ビルやら空港やらを爆破しなくちゃいけないんだ? 僕にはよくわからなかった。「ねえラディン、声明ってどういうあれ?」と、僕はつい声を荒げた。

「いや、べつにさ、具体的にどこを爆破しますとか、そういうんじゃないんだよ。定期的なね、俺はまだ死んでないよっていう報告みたいな感じだから。ほら、俺ってよく、死んだとかさ、死亡説とかもあるじゃない。だからね、いちおう肉声っていうかさ、声明はだすんだけど、べつに、テロの予定とかないし。むしろこう、残暑見舞い的なあれだよね」と、彼はすこし弁解するような口調でいった。僕はそれで、いくらか安心した。「じゃあどこも爆破しないんだね」と僕は確認した。「うん。どこも爆破しないし誰も死なない。今の俺はいつだって、北極の白熊みたいにクールなんだ。どんなに腹の立つことがあっても、ビルに飛行機をつっこませたりはしない」と、真剣な顔つきでいった。

そのとき、部屋のチャイムが鳴って、アルカイダの人たちが四人やってきた。彼らは僕の部屋をたまに訪れる。礼儀ただしい人たちではあるが、僕は彼らをあまり歓迎していない。ひとりが、「どうも。あのこれ、差し入れです」と、コージーコーナーの袋を僕に手渡した。「あ、すいません」と、僕はおみやげを受け取る。やはり礼儀ただしい人たちなのだ。「ねえ、食べる? ジャンボシュークリーム」「うーん、プリンはないの」「プリンある。銀座プリン」「そっちがいいなあ」。彼はプリンを食べはじめた。アルカイダの人たちは、かばんからビデオカメラを取り出した。撮影のセッティングをはじめているのだ。僕はつい、食べていたシュークリームを落としそうになる。

「ちょっと待って、声明ってここで撮るの」。僕がそう訊くと、彼らはばつのわるそうな顔をして、「あ、えーっと、まずいっすかねえ」と答えた。「だって世界中に流れるんでしょう」と、僕はいささか唖然としていった。そんなやっかいなものを僕の部屋で撮られては困るのだ。なにしろ僕はふつうの会社員である。自宅でアルカイダの声明を撮影されては、ことによるとずいぶん大きなトラブルを抱えこむことになる。「撮影はやめてもらえないだろうか」と、僕はつよい口調でいった。場がはっきりと緊張している。しかしここは踏ん張りどころだ。彼らのいいようにさせてはいけない。彼らはアラビア語で相談しはじめた。いずれにせよ撮影だけはさせたくない。ややあって、「じゃあ、静止画にしますんで、その写真だけここで」と、彼らは妥協案をだしてきた。僕はそれを受け入れる。ふとみると、彼はつけひげをつけていた。へそに届くような長いつけひげ。「やっぱりこれはつけないとねー。ひげがないと俺、ただのおっさんだからさ」というと、ちいさな笑いが起こり、あたりの雰囲気がすこしだけなごんだ。

彼らは作業をつづけていたが、僕は外へでることにした。「声は録ってもいいけど、撮影はやめてくれ。それと、僕のパソコンから、声明をウェブにアップしないで。僕つかまっちゃうから」。それだけ伝えると、スニーカーを履いて玄関を出た。「わかったよ。俺はクールだからそんなへまはしない」と彼は答えた。きっと世界中でたくさんの人が、僕の部屋に座っている彼の写真を見るのだろう。それをかんがえるとすこし気が重い。