空中キャンプ

2008-01-10

「坊っちゃん」/夏目漱石

書架を整理していたら、漱石の「坊っちゃん」がひょいとでてきた。適当に数ページ繰ってみたらやけにおもしろかったので、つい最後まで読んでしまった。これが実にいい。笑ったなあ。ずっとにやにやしながら読んでいた。大学生のころに一度読んだはずなのだが、そのときは特にこれといった印象もなかった。しかし、今になって読んでみると、全編コントっぽくてすごくおかしい。新鮮だった。

母が病気で死ぬ二三日前、台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨(あばらぼね)を撲って大に痛かった。母が大層怒って、御前の様なものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊りに行っていた。するととうとう死んだという報知がきた。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれの為めに、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜しかったから、兄の横っ面を張って大変叱られた。

これには笑ったよ。おもしろすぎる。なぜ、台所でバク転をしなくてはいけないのか。こんなにばかなエピソードを聞いたことがない。たぶん、台所にいるときにふとおもったんだろうね、「あ、なんか今バク転がしたい気持ちだぞ…」と。だから迷わず実行したのだろう。勢いよくバク転をかまし、へっつい(かまどですね)にあばらを強打して、「いっ、いてえ」などと痛がっているようすを想像するとおかしくてしかたがない。また、そのタイミングで母親を死んだことにしてしまう漱石のセンスもたまらない。その後に発生する家族不和もすべて、主人公の「台所で宙返り」が原因だと考えると、そのくだらなさ、どうでもよさに笑ってしまう。

そういえば、映画の「バス男」にも、自転車でジャンプしようとして股間を強打する場面があったよな、あれもばかだった、とおもいだすと、「坊っちゃん」と「バス男」にはかなり共通するくだらなさがある。主人公の性格設定はちがうけれども、行動パターンは似ている。周囲になじもうという意識がまったくないところなどほとんど一緒で、わたしは途中から、ジョン・ヘダーの顔しか浮かばなくなってしまった。生徒たちの喧嘩を止めようとして、逆に石を投げられて顔に当るところなど、いかにも「バス男」っぽい。ジャレッド・ヘスは、ジョン・ヘダー主演で「坊っちゃん」を映画化すればいいのにとおもう。江戸っ子という設定を、ほんのすこしナードっ子に変えるだけでばっちりだ。

もちろん、この作品を、昨今のいわゆる「空気を読む」問題に重ねて考えることもおおいに意味があるとおもうし、やけに窮屈になってしまった世間に必要なのは、周囲をかえりみない無頓着さであるとわたしも同意するけれど、それにしてはあまりにばかばかしくて笑ってしまう小説である。わたしも、「台所で宙返り」の精神を見習い、駅のホームでムーンウォークなどしていこうとおもう。