空中キャンプ

2008-01-12

[]「ジェシー・ジェームズの暗殺」を見たゼ!

歌舞伎町にて。初日。南北戦争に参加し、その後は強盗や殺人を繰り返した実在の男、ジェシー・ジェームズ(ブラッド・ピット)の物語。ちなみにジェシー・ジェームズは南軍です。つまりは奴隷がスキー! だから解放反対だし、できればもっと奴隷をこき使いたいナ…とおもっていた側の人たちですね。でもこれは南北戦争終結後の話なので、戦争や奴隷はでてきません。題材の取り上げ方とか、ストーリーの加工がうまくて、なるほどとおもいました。荒涼とした自然風景もよかった。

この映画の題材として描かれているものに、ロールモデルの問題がある。劇中、ジェシー・ジェームズに憧れる二十歳の男の子がでてきて、ストーリーはこのふたりの関係性を中心に進んでいく。若いうちは、自分よりいくらか歳上で、いろんなことを教えてくれる存在、指針になってくれる人、頼りになる指導者が必要で、十代後半から二十代前半にかけて、そういう相手(ロールモデル)にめぐり会えるかどうかはとても大きな意味をもつ。とりわけ男はそういう経験が必要になってくる(とわたしはおもう。女性はどうだろうか?)。誰かに憧れ、その姿に心酔し、ものごとを学び、話し方や服装まで真似をしたり、いろんなことを吸収していって、最終的にはすべてを受け取って離脱していく。その相手を乗り越えていく。劇中、そのようなプロセスがある種の通過儀礼として描かれている。

おもうに、このような経験はとても希少化している。若い子たちが、ロールモデルを発見し、そこから直接に生き方を学び取っていくという経験ができにくくなっている。世代間が断絶しているし、上の世代も「ロールモデルなんてメンドくさい」「歳下とかかわるなんてかったるい」とおもっているふしがある。これ、大事なんだけどな。わたしは、自分が十代後半から二十代前半にかけて、今のわたしくらいの年齢の人たち(三十代半ば)とのコミュニケーションがあればすごくよかっただろうと残念におもうけれど、そのように誰かの薫陶を受ける、生きる道すじをつけてもらうといった経験がどれだけ意味をもつかということを──この映画の場合、憧憬があきらかに過剰で、いい結果をもたらしてはいないけれども──とてもうまく描いているとおもう。

それにしても、犯罪者のうす暗い生き方、その寄る辺のない不安に対して、どこかシンパシーを覚えてしまうわたしたちの感性というのはなんだろう。だって犯罪やって食っていくってほんとにわりに合わないじゃない。しんどいよ、犯罪やりながら生きていくって。ふつうに働いた方がよっぽど効率いいし、ラクだし。そうして、人目につかないように逃亡を続けながら、いろんな人を疑いながら生きていく犯罪者のようすを見ていると、その孤独感とか、不安というものが、自分の中にある孤独感や不安と共振して、「ああ、なんかこういう生活のしんどさとか、他人事とはおもえないよ」という気持ちになってしまう。そのあたりもおもうところのある映画でした。