空中キャンプ

2008-01-24

「死刑」/森達也

すばらしい本でした。「A」「職業欄はエスパー」に比肩するクオリティを持った、森達也のあらたな代表作のひとつだと感じた。死刑という、判断がどこまでもむずかしいテーマを扱いながら、「他者を想像する」とはいったいどういうことなのか、何度も立ち止まっては悩む、森の真摯な姿勢に胸がふるえました。読み終えておもう。彼のいうとおり、世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい。だからこそ、他者を想像する営みだけは決して忘れたくない。きっとこの本は、死刑制度について考察されたテキストであると同時に、他者という豊かな、かつ不可解な存在をどうやって想像していくか、その試みのためのテキストでもある。

わたし自身がこの先、司法から死刑を宣告されることはおそらくないとおもう。わたしはたぶん、死刑にならない。わたしが死ぬのは、病気かも知れないし事故かも知れない。父親は脳腫瘍で死んだから、わたしにも同じ病気が起こる可能性はあるだろうとひそかに心配している。しかし、刑場で死ぬ自分だけはとても想像できない。もちろん未来のことは不確定だけれど、刑務所に入ったり、死刑を宣告されたりすることはないような気がする。うーん、刑務所はわからないな。ことによると、つまらない悪さをしたり、生活に困って物盗りをしたりするようなことはあるかも知れない。でも、とんでもなく悪いことはきっとしない。だから、こと死刑となると、基本的には他人事としてしか見ることができない。この社会のどこかで、そんなことがあるんだな、というていどだ。存置か廃止か、といわれても、なんだかうまく答えられない。他者を納得させられる自信がない。理論と感情がうまく結びつかない。

「存置であれ廃止であれ、論理で死刑を考察する試みはもう擦り切れてしまっている」と森は指摘している。まったくその通りだ。この問題をまともに議論したところで、収拾などつくものだろうか? 議論は同じところをぐるぐると回るだけで、いっこうに進展しないはずだ。存置派は被害者の応報感情を、廃止派は冤罪の可能性を指摘する。それは分かっている。しかし、理論で相手をやりこめることにはさほど意味がない。なぜなら、どのようなイシューについても、我々はまず、情緒や感情といった部分で反応するからだ。快、不快はあくまで身体反応がはじめにある。そこに後づけで理論をのせていく。ゆえに、正しい、正しくないという理論の部分だけでは問題を解決することができない。感情が抜けおちてしまっているためだ。だからこそ森は、インタビューイの感情をできるだけていねいに拾いあつめ、作品に反映させていこうとする。彼らはどんな顔をしていて、どんな表情を見せ、どういう話し方をするのか。生きる上でなにをたいせつにしているのか。

ここは映像作家としての森の真骨頂でもある。登場する人々がとてもいきいきと描かれ、どのインタビューイとのやり取りも、まるで映画のワンシーンでも見ているように想像できる。読んでいて、ほんとうにおもしろい。こんな風に他者を見て、彼らのこと文章にできる、森の想像力と描写のたくましさに圧倒されてしまう。廃止論者の亀井静香(国民新党だっけ、今は)など、読み終えるとついファンになってしまいそうなくらい魅力的に書かれていて、彼に一度会ってみたいとすらおもった。守秘義務から名前を伏せられたTという教誨師(死刑囚に付き添う牧師)が見送った人々の話を読んでいると、そこに溢れてくる感情の渦に言葉がでなくなってしまう。また、本村洋さんについて、わたしはメディアを通していくぶん偏った印象を持っていたけれど、この本を読んで、その印象は大きく修正されました。このテキストには、死刑という制度にかかわる人々のリアルな感情がつまっている。死刑囚が憎いとおもう。それと同時に、死刑囚といえども、毎日一緒に生活していたら、いつか共感が生まれてしまう。気持ちがつながってしまう。この制度を実際に運営していく人々が、どのような感情を抱きながら日々をすごしているのか、想像するための手がかりがこの本にはある。

「裁判で負けたら再審活動だ。これはずっと続く。もし処刑されたら一生落ち込み続ける。だから誰もやりたがならない。でも被告と接見してしまうと断れなくなる」/安田好弘弁護士

「でも、人間ってそれこそひとつじゃない。相反する気持ちが潜むものですよね」/戸谷茂樹弁護士

「だから俺なんか、もしも貧しくて愛情の薄い家庭に生まれていたら、人殺しやって死刑になっていたかもしれない。たまたま周りの人に恵まれて生きて来た。これは自分の力じゃねえのよ」/亀井静香衆議院議員

「罪を憎んで人を憎まずということです。今どきこんな言葉、誰も口にしないでしょうね」/坂本敏夫元刑務官

「(処刑後)ひとりの刑務官が私のそばに来て、『先生はあいつを抱きしめてくれた。我々にはそれができない。でもここにいる全員が、できることならそうしたいと思っていました』って言ってくれました」/教誨師T

「正直に言えば、死刑については、私は悩みに悩みを重ねています」/本村洋

「人は人を殺す。でも人は人を救いたいとも思う。そう生まれついている」/森達也

あるテキストを読み、その感想を述べるときに、引用ばかりおこなうのはあまりいいやり方ではないけれど、付箋がたっぷり貼られたこの本には引用したいところがたくさんあった。だからわたしがぐっときたところをすこしだけ引用しました。人物や会話がとても繊細な手つきで、ていねいに描かれてある。森は他者を観察することがおもしろくてたまらないのだとおもう。やっぱり人っておもしろい。とても意味のあるテキストでした。

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