空中キャンプ

2008-02-08

ささやかな旅

サユミちゃんと知りあったのは、たぶん八年くらい前で、その当時はよく遊んでいたが、今ではもう連絡を取っていない。サユミちゃんは以前に、とあるものまねタレントとつきあっていた。僕もその人を何度かテレビで見たことがある。なんだか派手っぽい人だなとおもったことを覚えている。僕が知りあったときには、すでに彼女とそのものまねタレントとの関係は終わっていたのだが、飲んで気分がよくなったときなんかに、かつて恋人だったその相手について話してくれることがあった。

ものまねタレントには二種類ある。たくさんのものまねレパートリーを次から次へと披露していくタイプと、ある特定のひとりのものまねだけをひたすらやるタイプだ。サユミちゃんのつきあっていた相手は後者で、服装や髪型もすべて本人と同じにして、本人の名前をもじった芸名を使って活動していた。今ではどうしているのかわからない。僕はテレビをまったく見なくなってしまったし、そもそも、たったひとつのレパートリーだけで十年も食っていけるのか、そのあたりのことも想像がつかない。

ふたりがつきあいはじめてから、サユミちゃんは彼の仕事をいろいろと手伝うようになっていた。衣装をクリーニングに出したり、歌のあいだのMCを一緒に考えたり、さりげなく客の反応をチェックしたりするのが彼女の役割だった。たちの悪い酔客はいないか、曲順を変えた方がいいか。仕事は、東京よりも地方での営業が多かった。サユミちゃんは、彼の仕事のマネージメント役として、地方へも一緒についていったりしていた。旅館、ショーパブ、お祭り、デパートの催しもの。そんな話を聞きながら、僕はまるで別世界のような、ふしぎな感じがした。たったひとつのレパートリーをひたすらやり続けるものまねタレント。正直、前途洋々な未来だとはとてもおもえなかった。「彼のことをどうやって励ますの?」と僕は訊いた。なぜかそれが気になったのだ。「それはさー、『そっくりだったよ』っていうのがいちばんいいよね。だってものまねだし」とサユミちゃんはいった。

一度、地方の営業がいくつか重なったことがあって、ふたりは三週間ぐらいかけて西日本を回ったという。スーツケースに衣装をつめて、たくさんの場所を移動しながらものまねをするのだ。この三週間のささやかな旅が、なによりもしあわせに感じられたのだと、サユミちゃんは話していた。目的地につく。関係者にあいさつをする。衣装に着替えて、カラオケCDをかけながら何曲か歌う。ショーが終わったら、かんたんなミーティングと反省会をしてからごはんを食べる。すこしだけビールも飲む。営業先が旅館なら、温泉にも入る。そして、同じ布団で抱きあって眠る。朝になり、また荷物をまとめて電車に乗り、次の営業先へいく。もしスケジュールに余裕があったら、近くを観光したりもする。その繰り返し。そうしてふたりは、地図を片手に見知らぬ場所を歩きながら、三週間の旅を続けた。

「その三週間だけはね、もう完璧だった。こんなにしあわせな時間はないってくらい、たのしかったなー。結局、その後いろいろあって別れちゃったし、終わり方もサイアクだったけど、あの三週間だけは冷凍保存したい」と、サユミちゃんはいった。僕はそんな風に誰かと旅をしたことがない。これからもないかも知れない。魂が寄り添うような旅。恋愛ははかないけれど、その記憶はとてもキレイに見えることがある。「恋愛は日常に対して垂直に立っている。その一瞬が永遠をはらんでいる」と書いたのは中島らもだった。彼女にとって、あの三週間の旅は、一瞬がまるで永遠であるかような記憶なのだろうとおもう。