空中キャンプ

2008-03-09

「舞踏会へ向かう三人の農夫」/リチャード・パワーズ

米小説家、リチャード・パワーズのデビュー作。「どうせ誰も読まないんだから、俺の知っていることをかたっぱしからぜんぶ書く」というコンセプト通り、テキストは2段組み400ページ以上という膨大なものになっている。パワーズを読むのははじめてでしたが、ここまで雑多な要素を注ぎ込みながら、歴史/戦争/記憶についての巨大なクロニクルとしての強烈な魅力を放っているのにはほんとうにびっくりした。しかし、24歳でここまで書いちゃうのってすごい。しかもデビュー作にしてこのクオリティ。テキストぜんたいから、なにかに取り憑かれたような情熱を感じた。これ、30代じゃ書けないよなあ、たぶん。読み終えるのにも時間がかかりましたが(なにしろ登場人物が多く、彼らがみな複雑に関係しており、その相関をつかむだけでもメモを取る必要がある)、とても刺激的で充実した読書でした。

物語は、1914年と1984年というふたつの時代をくりかえし往復する。84年にデトロイト美術館で「舞踏会へ向かう三人の農夫」(Three farmers on their way to a dance)と題された写真を目にした男は、その写真から啓示にも似た衝撃を受け、撮影者やその時代について調べはじめる。写真が撮影されたのは1914年。ペーター、アドルフ、フーベルトの三人は、舞踏会へ行く途中のぬかるんだ道で、ザンダーと呼ばれる男に写真を撮られる。第一次大戦の開戦を間近にしたドイツ。この一枚の写真に隠されたふしぎな歴史がすこしづつ明かされていくというあらすじ。

歴史のうねりを書きつける作業。訳者の柴田元幸はこのテキストについて、「スティーブ・エリクソンが『黒い時計の旅』(一九八九)で二十世紀というものを情念のレベルで再創造したすれば、パワーズは同じことを知のレベル*1でやっている」と解説している。二十世紀の再創造。それは三人の農夫が歩いた道のように、ぬかるんでいて泥まみれだ。あれだけ散々、おたがいを殺しあったのだから。過去と現代をなんども往復しながら、いっけん無関係に見える人々やものごとはふしぎにつながっていく。

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これはわたしが取ったメモを元に作った、主要人物の関係図です(二十章の前くらいまでで知らされる範囲のもの)。最後まで読み通すと、もっと別の関係が見えてくるのですが、それでは内容にふれてしまうので、止めておきました。中には、「この人とこの人は実は同一人物でした」といったトリックもあるので、この図ですらあてにはならないのですが。こうしたメモを取っておかないと、誰が誰だかわからなくなってしまう、というのがこの小説のややこしいところである。頭の中の記憶だけだと、ストーリーをフォローしきれない。ただし、その関係が実によく組み立てられているので、理解できるとよりおもしろさが増す。だから、もしこの先このテキストを読む人がいたら、この、わたし謹製の相関図を使用してほしいとおもって載せました。

このテキストでわたしがいちばんぐっときたのは、パワーズが、歴史や他者、過去の記憶を(正確な意味で)「知ること」の困難さ、事実を正しく記述する独立した視点などというものがありえないと書いているところだ。たとえば、わたしが誰かを知りたいとおもう。そしてその誰かに近づく。しかし、わたしが近づくという行為そのものによって、相手の心境が変わってしまう。相手に近づくことによって、その相手を変えてしまう。ほんらいの相手の姿を見ることはできない。パワーズはこう書く。

「物理学者たちは、極小の物質を記述するにあたって閉じた箱について語るのは不可能であり、箱を開ければ開けたで中味をどうしても変えてしまうと結論せざるをえなかった。この循環は決定的に重要である。それによって、知ることに制限が及ぼされるからではなく、どこまでが『知ること』でどこからが『かかわり合う』かを知るのは不可能であることが示されるからだ」

どこまでが「知ること」でどこからが「かかわり合う」かを知るのは不可能だということ。他人を知ろうとすることは、つまり他人にかかわり合うことと同じになってしまう。なにかを知ろうとする行為が、そのなにかを質的に変化させてしまう。歴史も、他者も、記憶も。パワーズは、それはすごくおもしろいからどんどんやろうぜ、といっているような気がして、わたしはとても勇気づけられたし、他人にどんどんかかわって、関係を変えていきたいとおもった。

*1:なぜ柴田が「知のレベル」と呼ぶかといえば、このテキストが、ヘーゲル、アーレント、マルクス、そしてなによりベンヤミンの「複製技術時代の芸術」から大きなインスパイアを受けて作られているからだ。24歳でこれぜんぶ読んでるのがすごいね。また引用が的確っていうか、おもしろくてさ。