空中キャンプ

2008-04-22

あの子みたいにかわいくなれたら

きちんと目的を定めないで書店をうろうろしていると、ただ時間ばかりがいたずらにすぎてしまい、気がつくと奥菜恵の告白本をたんねんに熟読していたりする。だめである。あらためていうまでもなく、わたしはあと50年もしないうちにころっと死ぬのであり、いずれ不帰の客となる前に、たくさんの良書を読むなどしてできるだけ有意義に時間をすごすべきだということを頭ではわかっているつもりなのだが、どうしてもそれができないのはひとえに意志のひ弱さゆえである。

しかし、奥菜さんはいろいろとたいへんなようで、特に離婚後の恋愛関係のくだりは「おもしろいなあ」とおもいながら読んだ。離婚した後、歳下の恋人ができたこと。しかしその男が浮気ばかりするのでくやしかったこと。電話にでないので不審におもって家の前までいき、そこから電話を鳴らしたら、女もののカチューシャを頭につけた恋人が携帯で話しながら玄関からでてきたこと(=会話を聞かれてはまずい相手が中にいる)。恋人のパソコンの履歴からとある女の子のブログを発見し、そこに書かれた内容から浮気が発覚、その場で相手の女に電話をかけさせて片をつけたこと。

奥菜さんはものすごく美人である。しかし美人だからといって恋愛において幸福であるわけではない。いかに美人といえども、恋愛はかくもままならないものなのだ。離婚するだけでもしんどいのに、次につきあった男がこれではたまらない。彼女だってきっとおもっただろう。「私、奥菜恵だよ? それわかってんの?」と。しかし、奥菜恵とつきあったとしてもまだ浮気するんだね、男って。ずいぶん贅沢なふた股である。わたしはいっぺんその男にあってね、じっくり話を聞いてみたいとおもってるんだ。どうだったんですか。奥菜恵はどんなあんばいだったんですか。

やはり恋愛においては、自尊心やプライドを賭け金にしなければゲームが開始しないのだと、彼女の告白を読みながらつくづくおもった。それはどんなに美人でも、どれだけお金持ちでも同じことだ。ポケットの中のプライドをいさぎよくテーブルの上に置いて、ことによってはそれがすっかり持っていかれる覚悟をしたところで、ようやくカードが配られる。ゲームの成り行きしだいでは、それが奥菜恵であっても、プライドも自尊心もずたずたにされる。ひょっとしたら、ものすごく傷つけられるかも知れないけれど、それでもあえて自分のいちばん弱い部分を相手にさらけだすところに、恋愛のおもしろさがあるとわたしはおもう。

奥菜さんの告白本を読んでいると、彼女はむしろそうした修羅場を求めているようなふしすらあって、男女がある一線を越えて本気でぶつかりあう瞬間(痴情のもつれ!)にこそ充実を感じ、リアリティを見出しているようにも見える。自分をがっつりさらけだすのが恋愛だし、みっともないまねを平気でするのが愛なのよ、と。彼女からすれば、「ぜったいに浮気をしなさそうな男」や、「自分のいうことをなんでも聞いてくれる男」では、むしろ退屈してつきあえないのではないかとおもうし、「自分の思いどおりにならない男」にこそむずがゆい快感を覚えるのかも知れない。まあ、電話にでないから家の前にこられたら、男は困っちゃうけどさ。いずれにせよタフである。女子力が高いなとおもった。

「あの子みたいにかわいくなれたら/新しい世界で毎日夢いっぱい」*1と、たくさんの女の子が想像するだろう。私がもし美人だったら。すごくかわいかったら。きっと、もっと夢みたいな毎日が待っているのだろうと。答えはノーである。奥菜さんを見なさい。誰だって、恋愛をするなら、テーブルの上に手持ちのプライドをそっくり置いて、それを賭け金にしないとゲームには参加すらできないのである。奥菜さんはちゃんと賭けている。だからわたしもばんばん賭けていこうとおもっている。

*1:「セラミックガール」/Perfume

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