空中キャンプ

2008-05-13

「問題は、躁なんです」/春日武彦

春日武彦新刊(光文社新書)。うつ病とくらべて、注目されることのほとんどない「躁(そう)病」。わたしも躁病のことはあまり知らなかった。おもしろ人間の観察がライフワークとなっている春日が、怖いもの見たさと好奇心まるだしで書いた一冊。春日の解説を通して、躁病の実際を知ることができた。医学的な解説というよりは(春日は精神科医である)、躁病を通して人生のもの悲しさをふと感じさせる、味わいぶかいエッセイのような趣もあり、春日ファンのわたしはたいへん満足でした*1

春日によれば、うつ病が「心のかぜ」なら、躁病は「心の脱臼」だという。あり得ないぐあいに関節が曲がり、糸の切れた操り人形のような途方もない動きを示す脱臼のような症状。心の箍(たが)が外れ、秘められていたあらゆる欲望が全開となり、自己抑制がゼロになり、見る者に異様な印象を与える。うわっ、なんだこの人は。この本に書かれた躁病の症例をひとつひとつ読んでいると、「なんだか人の精神ってすごいなー」「人間ってずいぶんせつないよね…」とふしぎな気持ちにさせられる。

躁病のまま「笑っていいとも」のゲストコーナーに出演してしまい、異様なハイテンションで周囲の制止も聞かずにしゃべりつづけ、40分経っても帰ろうとしなかった作家の有吉佐和子。戦後の混乱期に映画産業界で頭角をあらわし、海外の映画スターや大統領とコネクションを持つなどと吹聴しながら巧みに金儲けをするも、しだいに落ちぶれて詐欺行為などおこなうようになり、最後は食いつめてハイジャックまでやったポール・N。日活のポルノ男優で異様なナルシスト、ネズミ講や宗教などさんざん入れ込んだあげく、最後はなぜか右翼になり、小型飛行機で児玉誉士夫の自宅に突入して死んだM。春日が「人間観察」を趣味とするなら、こうした人々の生き方はとてもいい観察対象になる。この、まるで書き割りの舞台で陳腐な演劇でもやっているような人生。

とはいえ、軽度の躁病というのは、「元気がいい人」と見分けがつかない。躁病の人はまったく自覚がなく、自分から病院に行くこともないからなおさらである。つねに自信に満ちあふれていてエネルギッシュ、おもいついたら即行動。会社なら「意欲のある人」「できる人」に分類されるだろうし、女性にだって確実にもてる。前述のMは、一時期ホストもやっていたのだが(しかしなんでもやるなーこの人は)、そのときもかなり人気があったらしいのだ。いちいち自省せず、周囲の目もいっさい気にせず、自信過剰かつ全能感に満たされた人生が送れたら、それってたのしいんじゃないだろうか? 死ぬまで躁なら、それは勝ち逃げなのではないか。春日は、躁病特有の誇大妄想(俺はなんでもできる!)についてこう書いている。

わたしの臨床経験からすると、誇大妄想に囚われた人たちには、どこか言い訳がましいというかわざとらしいトーンが付随している。うっかり気を抜くと我に返ってしまいかねない、「しらふ」の自分に戻ってしまいかねない──そんな危うさを心のどこかに直感し、それを打ち消し振り払うために無理やりテンションを上げているような焦燥を感じ取らずにはいられないのである。これは痛々しい。見苦しい。居たたまれない。結果的には上機嫌で人生をまっとうしたように映っても、どこか根源的な違和感というか、片付かない気持ちに苛まれて、常に不安といらだちがあったのではないか。自己欺瞞とパフォーマンスでいつか心に安らぎを得られると錯覚したところに大きな間違いがあったのだろう。

おそらく誰にでも、自分を騙そうとするようなところがあって、こういう話を聞くとなんだかおそろしくなってしまう。自分にうそをつかない、って意外にむずかしいですよ。すごくむずかしい。躁は不安と絶望に裏打ちされているという春日の言葉も、とてもよく理解できる。きちんと自分と向きあわないと、死ぬまで仮装パーティーみたいな、不毛な人生になってしまう。そう考えてみると、いっけん陽気にはしゃいでいるように見えながら「この人は必死になって自分にうそをついているのではないか」というような悲しい印象をあたえる人がいるようにおもわれてくる。また躁とうつは深い関係があるらしく、うつの底が抜けてしまった人が、とつぜん躁状態になって、理解しがたいふるまいに及ぶといったこともあり、異様にテンションが上がったり、なぜかとんでもなく攻撃的になったりするのだという。人の心とはなんとも奥が深くてややこしい。

それにしても、春日がおもしろいのは、こうした躁病の人たちの仮装行列的/どたばた喜劇的な価値観、金と権力と名声といった俗物きわまりないぺらぺらの世界をこんな風に形容していることだ。「躁病の人たちがいかにも気に入りそうなものリスト」である。

値段は高いが場末のスナックにでも飾られていそうな絵画、100万円の特製カラオケ・マイク、最高速度300kmのけばけばしいイタリア製スポーツカー、オーダーメイドの素晴らしいスーツと安物のベルトとの組み合わせ、豪華なリスニングルームで聞く演歌、1千万円の福袋、各界の著名人と並んで撮った写真等々が彼らのお気に入りとなる。

ここまでいうか、とつい笑ってしまった。春日さんおもしろすぎる。こんな比喩がすらすらと出てくるところに、春日の文学的な才能を感じてしまう。この本ぜんたいも、人間の心のつかみどころのなさに満ちており、そうした春日の視線はやはりおもしろい。

やけに気分が高揚するタイミング、心がとつぜんハイになるような瞬間というのは誰にでもあるとおもう。「おっ、なんか今、理由はわからないけどすごい元気がでてきた。今ならなんでもできそうな感じがするぞ」などと、くよくよしていた自分がいきなりどこかへいってしまい、ぐっとテンションが上がるような状態。そういうとき、自分でも気持ちの躍動がちゃんと自覚できる。心の奥底から自信がみなぎってきて、怖いものなどないような気になってくる。そういう感じになることってないですか。わたしはたまにあって、そういうときに、「あー、この状態がずっと続けばいいのに」といつもおもうんですが、たいていそういうハイな状態はすぐに消えて、元に戻ってしまう。あれ、なんだろうね。急になるでしょう。とてもふしぎである。

*1:春日武彦はほんとうにおすすめです。なんかちょっとせつない気持ちになりたい人、人生の虚しさをそっとかみしめてみたい人にはぜひ読んでほしい。どの本もたいていおもしろいので、できれば既刊本のタイトルをチェックしてから書店へいき、興味を持ったタイトルの本を探してみるといいとおもいます。