空中キャンプ

2009-11-13

えらい人は、東北のとある田舎町へいきたがっている

わたしはたまに仕事で出張することがあり、おおむねたのしいのだけれど、それはむろん、旅に付随するたのしみ、たとえば名所観光、訪れたことのない土地へと向かう興奮、おいしい食べものなどがある場合で、そうしたたのしみが見当たらないとき、それはただの「移動してからする仕事」になってしまう。今日、わたしは東北のとある田舎町へと出張してきた。日帰りである。どちらかといえば、「移動してからする仕事」寄りの出張だ。わたしの任務とは、かんたんに説明するとこのようなものだった。

  1. 海外からすごくえらい人がやってくる
  2. ほんとうにびっくりするくらいえらい人である
  3. えらい人は、東北のとある田舎町へいきたがっている
  4. 現地までは、新幹線に乗って移動する予定である
  5. えらい人は日本語がわからないので、移動がすこし不安だ
  6. もちろん、迷子になるなどの粗相があってはならない
  7. よって、えらい人を現地まで無事に送り届ける役が必要である
  8. 朝9時、東京駅に、成田からのリムジンバスがやってくる
  9. バスにはえらい人が乗っている
  10. えらい人と合流し、一緒に新幹線に乗る
  11. その後、東北の田舎町まで送っていかなくてはならない
  12. 退屈させないように、トークも仕込んでおくべきである
  13. さまざまな話題を準備し、えらい人をよろこばせること
  14. 現地についたら、ホテルへ連れていき、任務完了
  15. あとは適当に帰ってよい

これが、わたしの仕事であった。ポイントは、とてもえらい人だということで、くれぐれも粗相のないようにということが申し伝えられた。わたしには、現地までのスムーズな移動と、道中でえらい人をたのしませる、というふたつの任務がある。むむー。がんばらなくては。なにしろ寝坊をしたらいけないので、あわてて東京駅のリムジンバス到着場へと向かう。

IMG_1616

寒い。おもいのほか薄着できてしまった。しかもこれからいくのは東北。こんな薄着でだいじょうぶなのだろうか。しばらく待っていると、えらい人がやってきた。えらい人の写真は、事前に入手しておいたのだが、じっさいに見てみると、親切そうなおじいちゃん、といった感じだった。しかし、この人はとてつもなくえらい。好々爺然としているからといって、「はいおじいちゃん、もうごはん食べたでしょう」などとふざけた態度を取れば、どのような事態になるかわからない。ていねいにあいさつをする。

ここで最初の問題。目的地行きの新幹線が、あまり頻繁にでていなくて、わたしとえらい人は、1時間半ほど待たなくてはならないのだ。いきなり高いハードルがやってきた。新幹線の時間待ちはあらかじめわかっていたことだが、見ず知らずの外国人とわたし、初対面のふたりが、喫茶店で1時間半、顔をつきあわせ、トークをしながら間をもたせるというのはけっこうしんどい。しかし、ここで場をもりあげるのがわたしの仕事。ひるんではならない。さっそく、用意していた小ネタを次々に繰りだした。

  • 日本はもうすぐ冬になります
  • 日本はこんなかたちです(ノートに地図を書いて説明)
  • ここが東京、ここが目的地、ここが僕の出身地
  • 英語は『ダイ・ハード』で覚えました
  • ブルース・ウィリスのまねを披露(さわりだけ)
  • もうすぐ5歳になる甥っ子がかわいい
  • でも弟の嫁が、甥っ子をすごく甘やかしている
  • このままでは甥っ子がだめな大人になってしまう
  • オバマ大統領が来日しています
  • 東北は寒いです

当初はいまひとつのリアクションだったえらい人も、しだいに打ち解けてきて、いくつかの小ネタには反応してもらえた。よしよし。えらい人は蕎麦がすきだというので、そこからは、ほんとうはうどんの方がすきだという事実をひた隠しにしつつ、「そばはうまい」トークをかなり引っ張る。調子をあわせて、「わたしは毎日、そばをたぐっております」などと、ありもしないことをいってしまった。ただ、間を持たせたいがために。しかし、えらい人も、「そば、うまいよねえ」とごきげんだ。わたしだってそばがきらいではないのだ。ただ、うどんの方がすきなだけなのだ。永遠かとおもわれた90分がようやく経過し、新幹線へ乗り込む。

IMG_1619

出発だ。ふととなりを見ると、えらい人は疲れたのだろうか、すやすやと眠りはじめた。いいぞ、これで現地まで眠ってくれれば、わたしもリラックスしていける。もう、さっきの90分でトークの材料はすべて使い果たしてしまったのだ。もし、えらい人がそばの話題をふってくれなかったら、わたしは沈黙に耐えきれずに、野口五郎のまねをしてしまったかも知れない。しかし、えらい人は満足げにすやすやとおやすみ中だ。ところが、わたしがかばんから本を取りだして読もうとすると、妙なタイミングで、「あと何駅?」などと訊いてきたりして、起きてたんですか、とびっくりする。

IMG_1625

外の景色も、しだいに田舎っぽくなっていく。えらい人からは、「神戸牛と米沢牛はどっちが高級なのだ?」という、おもいのほかマニアックな質問もされる。和牛の銘柄など、よく知っているものだとおもう。どっちも食べたことないからわからないのだが、知らないともいえないので、「えーと、あの、神戸。神戸牛です」とてきとうな返答をしてしまった。だってわからないもの。まちがっていたらごめんなさい。

IMG_1628

エヴァンゲリオンを見てからというもの、鉄塔を見るとつい撮りたくなるのである。これも新幹線の窓から撮りました。この写真はあきらかに庵野さんを意識しました。どんどん北へと向かっていく新幹線。えらい人は、ちょっと寝たり、しばらく起きたりを繰りかえす。そうこうしているうちに、ついに目的地へと到着。なにもない、静かなところだ。しーんとしている。どうやら、えらい人は、彼の知人のところへやってきたらしい。

IMG_1648

ほんとうは、ホテルへチェックインしたら、そこで終了だったのだが、えらい人は、ちょっと寄っていきたまえ、とわたしに声をかけた。わかりました、と後についていく。知人の方が経営している施設のようなところへ案内された。「お風呂があるんだよ、入っていきなさい」という。うーん。お風呂か。なんかそれほど気が進まないのだが、まあ、いいかお風呂。さっぱりしていこう。そうおもって、お風呂のある場所へと移動する。「ここ、お風呂ね」

IMG_1644

ちょっと待ってくれ。これはお風呂じゃないじゃないか。首まで土に埋まるのか。仕事で東北までいって、土に埋まりたくない。ただの罰ゲームではないか。しかし、えらい人が入れといったら、入るしかないだろう。とても拒否できる雰囲気ではないので、はだかになって、堆肥というか、肥料みたいな土みたいなののなかに横たわる。わたしはなにをしているのだ。はだかで土に埋められるなんて。従業員の方たちが、わたしにどんどん土をかけていく。土がすごい熱を持っている。「土があったかいんだよー、わかるかい。土がほっかほか」と、えらい人はずいぶんたのしそうだ。

「これは自然に発酵して熱を持っているんです。機械で熱しているわけじゃないんですよ」と従業員の方。だんだん汗をかいてきた。ふととなりを見ると、えらい人は土に埋まったまま、ぐーぐーといびきをかいて寝ている。さすがえらい人は肚のすわり方がちがう。土に埋まろうが、眠かったら寝る。わたしが、落ち着かず周囲をきょろきょろと眺めていると、時間がきて終了。終わってシャワーを浴びて、土を落とす。汗をたくさんかいた。えらい人はベッドに移動してさらにぐーぐー寝ているので、ちょっと近所を散歩してみた。

IMG_1649

東北のねこちゃんたちだ。なぜかとある家の玄関にたむろしていた。ごはんを食べさせてもらえるのだろうか。日本全国、ねこちゃんはかわいい。

IMG_1654

土に埋まったかとおもったら、今度はねこの撮影。これが今日のわたしの仕事である。こんなことで給料をいただいていいのか。自分でもよくわからない。

IMG_1657

かわいいよー。このひとみで見つめられたので、おもわず東京に連れて帰りたくなったのだが、がまんする。そろそろ、えらい人が目を覚ますかも知れない。えらい人とさらにトークを繰りひろげなくてはならないのだ。ねこちゃんよ、さようなら。

えらい人は、土に埋まってから昼寝をして、ずいぶんリラックスしていた。「いやー、今日はきてくれて助かったよ。うむ。そろそろ新幹線の時間だ。駅まで送ろうじゃないか」。えらい人がわたしを駅まで送ってくれるというので、わたしはありがたく駅まで送っていただくことにした。途中の八百屋とくだもの屋が合体したようなお店で、いきなりえらい人がりんごを買いだした。なんだろう。

IMG_1663

「これはみやげだ。りんご、持って帰るといい。ふた袋買ってあげるから。あと、たまごも買ってあげよう。今日はいろいろと世話になったね」と、おみやげを持たせてくれた。ここから東京まで、りんごを持って帰るのかとおもうと、ちょっと気が重くなったが、わたしの今日のがんばりに対する、えらい人からの気持ちなので、感謝の心とともに、もちろん笑顔で受け取る。「りんご、だいすきなんです!」とまたいいかげんなことをいってしまった。わたしはみかん派だ。

帰りの新幹線では、つい眠ってしまった。朝からの移動と、ひたすらトークをしつづけたこともあり、ちょっと疲れたのだ。目が覚めると大宮、もうそろそろ到着だ。

IMG_1666

ついに東京へ戻ってきた。こっちはうるさく人だらけだが、なんだか落ち着く。それにしても、よく考えたら、朝に喫茶店でモーニングセットを食べたっきり、なにも口にしていなかった。わざわざ東北までいったのに、現地のおいしいものはいっさいなしだったのだ。空腹でくらくらしてきた。こってりした濃い夕飯が食べたくなり、新宿のカプリチョーザへいく。たらふく食ってやるのだ。カルボナーラとコロッケだ。

IMG_1672

ところが、皿のスパゲティを半分食べたところで、なんだかいきなり満腹になってしまい、残してしまった。ほんとうに空腹なときって、おもいのほか食べられないものなのだ。なんだかちょっとお腹が痛い。しかたなく、帰ってから、りんごをかじった。りんごは甘くてとてもおいしかった。

それぞれの写真は、クリックすると拡大します。