空中キャンプ

2009-11-21

[]『イングロリアス・バスターズ』を見たゼ!

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渋谷にて。初日。クエンティン・タランティーノ新作。すごい! ほんとうにおもしろかった。たくさんのシーンが、映画のセンス・オブ・ワンダーに満ちていて、見ながら何度も声を上げそうになる。とくに会話はどれもすばらしく、いっけん無意味なやり取りに見えながら、物語においては重要な役割を担っていて、会話がストーリーを加速させていくというスリルに興奮させられました。ブラッド・ピット主演のナチ映画。『地獄のバスターズ』リメイク。

やはり、映画は層になっているのだ、何層にも重ねられた文脈を読み込んでいくものなのだ、とあらためて実感する。冒頭、とある一家へナチスが調査にやってくるシークエンスから、この映画は始まる。ナチ警察と男性が会話をする、このくだりがどれだけスリリングか。なぜナチ警察がこの家にきたのかはわからない。彼らはただ、やってくる。ナチ警察と男性は、平静を装いつつ、ただ、のらりくらりと世間話をしている。しかし、この場面を覆うのは、きわめて不穏な空気と、あきらかな暴力の予感だ。

ここにこそ、物語の層がある。ナチ警察の目的と、男性の本音。なぜナチが家にくるのか。男性の目が泳いでいるように感じたのは気のせいか? ナチ警察は考える。ここは脅すべきか、懐柔するべきか。むろん、男性も必死に頭を働かせる。これはなにごともなく終わるのか、ひと悶着あるのか。おたがいに思惑があり、本音があり、猜疑がある。しかし、このように目に見えない複雑な層を感じさせつつ、表面上、ナチ警察は牛乳を飲みながら礼儀ただしくふるまい、男性は質問におとなしく答えているだけなのだ。このスリル。わたしはこうした、何層にも重ねられた、シークエンスの文脈に圧倒されてしまう。

映画館の場面で、自由に動いていくカメラの劇的なショットにも感動する。ナチ警察がゆっくりと階段を下りてくる、そのようすをクレーンで追う一連のシークエンスに興奮させられるのだ。こうした視点の移動がきわめて映画的でたまらない。「あー、下りてきた。ナチ警察がきたぞ、どうするどうする」というスリルが説得力を持って描かれる。また、カメラが、立ち話をするナチ警察と女性からゆっくりと離れていくシーンもみごとだった。カメラの移動だけで、すべてを描ききっている。「うわー、ここでカメラが離れていくのか…」と放心状態になる。

各シーンの充実にくわえて、二重、三重にしかけらたクライマックスへの流れもすばらしく、暴発的に襲ってくるユーモアの感覚も最高によかった。ほとんどコント的に展開していくやり取りもたのしく、タランティーノの背骨の太さに感服しました。おもしろかった。