空中キャンプ

2010-02-28

[]『ルド and クルシ』を見たゼ!

渋谷にて。メキシコ映画。プロサッカー選手としてスカウトされた兄弟の顛末。メキシコが舞台で、都会と地方の落差なども含めておもしろく見れました。都会はどの国もだいたい似たようなものですが、メキシコの田舎ってえらい素朴でびっくりする。

兄弟はサッカーの才能に恵まれているが、彼らはサッカーとは無関係のよくわからないところでエネルギーを浪費してしまう。サッカーだけに集中できれば、かなりの実績をあげることができるはずなのに、どうでもいいところで問題を起こしては状況をややこしくするのだ。兄はギャンブル狂で借金漬け、弟は歌手志望でサッカーは副業だとしか考えていない。しかし、才能のある人びとはえてして、われわれが理解に苦しむような理由で、せっかくの才能を浪費してしまうものだ。

ドストエフスキーはギャンブル狂だった。彼がもし、賭博にまつわるトラブルから自由であったなら、もっとたくさんの傑作が書かれていたのではないか、という予想も成り立つ。しかし、賭博に狂っていないドストエフスキーを想像することはむずかしい。ギャンブル中毒ではないドストエフスキーが、あれほどの傑作を書けるのかと考えると、それもなんだかちがうような気がする。ギャンブルを止めろということは、彼が彼本人であることをやめろといっているようなもので、過剰な賭博への欲望は、ドストエフスキーを根源で規定している。ある種の欠点は修正が効かず、その欠点そのものが彼であるため、われわれはかかる欠点に対して、あまり手のほどこしようがないようにおもう。

映画は、「人の欠点の多くは、そうかんたんに修正が効かず、宿命的に本人を支配している」というようすを、ユーモラスに描いていておもしろかったです。欠点を直すって実はすごくむずかしいし、人は同じ失敗を一生に渡って繰りかえしつづけるものではないかと感じました。だったら欠点を直すより、長所を伸ばすことを考えた方がいいのかもしれませんね。「兄嫁がマルチ商法にハマっている」「弟がプロになったとたん髪をメッシュにした」などの細かい描写もおかしくて、こんなのありそうだなあ、と笑ってしまいました。