空中キャンプ

2010-04-28

monkey business 2010 Spring vol.9 翻訳増量号

たのしい文芸誌、モンキービジネスの最新号が発売になりました。今回はいろいろな作者の翻訳が読めるだけではなく、文章の書き方についてとても参考になるページなどあり、なるほどと納得しながら読みました。翻訳もすばらしいものがあったのですが、文章の書き方に関する文章について自分なりに考えたことをまとめます。

今回掲載された福岡伸一さんと柴田元幸さんの対談は、翻訳技術や文章の書き方といったことがテーマになっていて、翻訳の経験のある福岡さんが、学校で生徒に翻訳を教えている柴田さんに、どのように翻訳を教えるかについて質問していくところが興味ぶかかった。柴田さんは、書かれてある内容を理解するという意味あいでは、翻訳は「ある程度は誰でもできる」という。むしろ重要なのは日本語に置きかえるときのリズムであって、彼はなによりも句読点が雑な訳文がとてもいやなのだという。

「読んでいるときの息遣いとは無関係に、ここに点を入れると意味の誤解の可能性が減るからというだけの理由で、リズムを無視して入れている点とかすごくいやですね」と柴田さんはいう。うーん、耳が痛い。わたしもたまに、意味の誤解をなくすための句読点を打ってしまっているような気がする。柴田さんは完全にリズム重視で、意味の誤解といった問題は別のしかたで(たとえば句読点を打つかわりに構文そのものを変える、句読点に依存せずに意味を通りやすく書くといった方法で)対応できているのだろう。

情報が正確に伝わることを目的とした記事と、小説や詩のような創作物においても、句読点の意味は変わってくるとおもうけれど、文章はやっぱりリズムなのだなーとあらためて考える。句読点をどこに打つかで、読む人に心地よいテンポを感じてもらえるかが決定するようにおもう。とはいえ、句読点が意味をクリアにし、誤読を回避する機能を持っていることも事実で、そこをどう兼ね合わせていくのかがむずかしいのだ。

というようなことをツイッターに書いたら、とある出版社の編集者さんから「でも一般的には、リズムまでこだわれるのは文章の名手の方で、普通の方は意味がちゃんと通る句読点の打ち方をまず覚えるほうがいいのかも」というリプライをもらった。なるほど。要約すれば、句読点には意味を通りやすくし正確に伝達する機能、そして読者の息遣いを整えリズムを作る機能のふたつがある。これらのふたつを兼ねあわせることでいい文章が書けるようになる、ということになるのかもしれません。口でいうのはかんたんだけどむずかしいですね……。もしくはリズムを優先したいのであれば、まずは句読点に依存せずに意味がきちんと通る文章を書けるようになることが必須で、次に、意識的に句読点でリズムを組み立てていけるようにするといったステップが必要なのかもしれないとおもいました。

翻訳でよかったのは、なんといってもアントニオ・タブッキで、これはほんとうにすばらしかった。実はいままで読んだことのない作家だったのですが、『雲』という短編がすばらしく、海辺でのんびりとした会話をする男性と少女というモチーフが、『バナナフィッシュにうってつけの日』を連想させて、少女のイノセントがまぶしく輝いている感じがとてもきれいな短編でした。これからタブッキの小説も読んでみようという気になりました。そして岸本佐知子さんは、『あかずの日記』とステイシー・レヴィーンの翻訳でふだんの二倍がんばっているので応援したいです。『あかずの日記』の校歌シークエンスやばすぎる……。レヴィーンの短編は、画家とキャンバスの関係を連想したりもしました。