空中キャンプ

2018-04-10 「『勝手にふるえてろ』ファンブック 絶滅したドードー鳥編」

「『勝手にふるえてろ』ファンブック」のお知らせと、小説『国外逃亡、紫谷玲奈』冒頭試し読み

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映画『勝手にふるえてろ』の同人誌、「『勝手にふるえてろ』ファンブック 絶滅したドードー鳥編」を作りました。3月末から販売を開始しております。この映画を大好きすぎる私こと伊藤が発行責任者となり、たくさんのステキな寄稿者にお声がけして作ったじまんの本です。映画を一度見た方なら、きっと一緒に盛り上がってもらえる内容かと思いますので、ぜひ入手してみてください!

寄稿者(イラスト含む)
いちこ/伊藤潤/伊藤聡/岩本一貴(福岡駅前シネマモード)/植田さやか(株式会社サンリス)/Eika/永車砂羽/ダミー&オスカー(照山紅葉、下井草秀)/ひらりさ/古川耕/宮本彩子

内容紹介と注文はこちらから
https://campintheair.booth.pm/items/790152

嬉しい感想もいただいております!

今回は内容チラ見せということで、劇中の登場人物である紫谷玲奈を題材にした2次創作小説「国外逃亡、紫谷玲奈」の冒頭書き出し部分を掲載します。ご好評いただいております。作者は伊藤聡です。



国外逃亡、紫谷玲奈
(著者:伊藤聡)

 SNSに書かれていた「ミネソタ州ミネアポリス在住」という情報は間違っていて、もう私はミネアポリスには住んでいない。中学時代に引っ越したミネソタにいたのは高校卒業までで、その後ニューヨークの大学に進学した。卒業してからもニューヨークで働いているので、私がミネソタにいたのは四年ほどだ。

 ミネアポリスでの思い出はだいたい苦い。何しろ英語ができなかったし、周囲はみんな身体が大きくて怖かった。隣の家のおじさんは銃をたくさん持っていて、近所の子どもに「俺の土地で悪さをする子どもは容赦なく撃つからな」と宣言していた。戦慄した私は、なるべく隣の家へ近寄らないよう注意していたが、ある日子どもたちのあいだで「おじさんの言う〈俺の土地〉はアメリカ全土を指す」という仰天の新解釈が出回った。このままではあのおじさんにいつか撃たれる。とんでもない場所へきてしまったものだと私はおもった。

 そしてあのプロムという地獄の制度。大人しそうな見た目の日本人女子という立場のせいで私は、第一志望の白人女子を誘って断られた白人男子数名から、プロム直前の駆け込みオファーを受けたものだった。まあまあの屈辱。予備用の女、紫谷玲奈。こうなったら『キャリー』みたいにプロム会場で大暴れしてやろうかとも考えたが、その度胸もなく、私を予備用扱いする男子と手を取り、会場でぎこちないダンスを踊ったものだった。それ以降、男に誘われるたびに「誰に断られて私に切り替えたんだ?」と勘ぐる癖がついた。

 ミネアポリスの暮らしはぱっとしない記憶ばかりだが、ほかに特筆すべきイベントはない。繁華街でプリンスの姿は何度か見かけたけれど、ミネアポリスの住民にとっては特にめずらしくもないできごとで、レア度としては吉祥寺の住民が楳図かずおに遭遇するのとほぼ変わらなかった。

 それでも子どもの対応力ってやつはあなどれず、しだいに英語はどうにかなり、大学進学もわりとすんなり決まった。いまとなってみれば、人生の早いタイミングであの雪国から脱出できたのはよかったとおもう。アメリカ行きが決まった中学生の私は絶望したけれど、もしいま中学時代に戻れるとして、日本であのまま暮らすという別の選択肢を与えられたとしても、私は絶対にアメリカ行きを選ぶ。

 転校後、日本の友だちとはほとんど疎遠になってしまっていたが、ひとりだけ私の連絡先を知っている女の子がいる。中学時代の同級生、綾ちゃん。故郷は捨ててアメリカで生きていくと腹をくくった私にとって、それでも、私の連絡先を知る日本人の友だちがひとりいてくれるという事実はありがたかった。綾ちゃんからメールを受け取ったのは一月一日で、そこには「あけましておめでとう。年末会えなくて残念だったね。スペイン風邪は治りましたか」と、意味不明の内容が書かれていた。

 スペイン風邪?

 私はさっそく綾ちゃんへ返信し、私がスペイン風邪にかかったという話の出どころを訊いてみた。綾ちゃんは、フレンドリーチャットという聞き慣れないSNSのスクリーンショットを送ってきてくれた。そこには、卒業アルバムの写真をアイコンにした紫谷玲奈のアカウントがある。十二月三十日の夜、私のあずかり知らぬところで開催されていた中学同窓会の開始時刻とほぼ同時に、その怪情報は投稿されていた。

 「ショック! スペイン風邪になってしまいました。みんな盛り上がってください!」

 おい何だよこれ。誰かが、私の名前を使って同窓会を主催している。理由はよくわからない。どこかの誰かがこの投稿をしている、という事実にただ困惑する。「それにしても気味が悪いね」と綾ちゃんはいう。まったくだ。紫谷プレゼンツで勝手に会を開くんじゃないよ。

 なりすましアカウントのプロフィール欄には「アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス在住。年末に一時帰国します。久しぶりに皆に会いたいので、同窓会を計画しています。モットーはThe first step is always the hardest.」と書かれている。モットーがダサい。すぐに英語の名言を引用したがる、ありがちなアメリカキャラを押しつけられた屈辱が怒りに変わる。私そんなんじゃない。あの、何かっていうと Stay Foolish とか言い出すやつ、マジでダサい。言ったからには本当に一生バカのままでいろよ。誰かがお前の親の葬式でフラッシュモブやり出しても止める権利ないぞ、ずっとバカでいるってモットーなんだから。

 要するに、紫谷なら勝手に名前を拝借してもいいだろうと低く見られているのだ。プロムのときと同じじゃないか。予備用の女、なりすまし用の女。まったくふざけやがって、またこのパターンだよ。湧き上がる屈辱感。かつてアメリカ行きが決まった後、同級生に「国外逃亡」と陰口を叩かれた暗い過去の記憶がよみがえる。
 私はパソコンの画面を見ながら、ブルックリンの安アパートでひとり憤慨していた。「ムカつく、これ誰のしわざ?」と、私は綾ちゃんにメールを送る。綾ちゃんからの返信には、「これはよくないね。やったの誰なんだろう。でも、みずから幹事を買って出るなんて、ニセ紫谷、意外にそこまで悪質じゃないのかも」と書かれてあった。(つづく)