夏休みには山へ、なんて考えている人に

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山という視点から日本の民俗を掘り起こす。そんなユニークな本がある。
 高橋千劔破著「名山の民俗史」(河出書房新社)である。
 この著書でいう「名山」の条件とは?
 「日本人にとっての名山とは山の高低によるものではない。先人たちが抱いてきた特定
の山に対する思いや宗教性こそが重要なのである。なぜ人々は数ある山の中から、特定の
山だけを名山として崇め、信仰してきたのか。まずは生命の源である水をもたらしてくれ
る山、すなわち多くの人々にとって農耕や生活に必要な河川の水源であること。山上や山
中に神の創造物としか思えない巨石や巨岩があり、その巨石を神としてあるいは神の座と
して、古くから人々が畏れ崇めてきたこと。実際の標高とは関係なく、その地方から仰ぎ
見て高く目立つ山であること。山上や山中に寺院が開かれ、神仏習合による山岳霊場とし
て栄えたこと。あるいは年ごとにまた季節によって変わるその佇まいが、人々の生活に少
なからぬ影響をもたらしてきた山であること。」(p248〜p249から抜粋)
 こうした条件で、国内の30の山について述べている。

 それぞれの章で一つずつ「名山」に案内していく。その山の美しい自然を紹介し、いつ
しか遠い昔へと導かれていく。その山に関わった歴史上の著名人にまつわるエピソード、
名もなき庶民の悲恋、さらには山に宿る神々の伝説:。幻想的な雰囲気すら漂う世界に陶酔した後、再び現代へと戻る。しかし、そこには今なお残る山の魅力が生き生きと:。
夢から覚めても、なお美しい夢が続いている。そんな魅力のある書でもある。
 そして読む人々は気づくであろう。古来、いかに山が人々の暮らしと深く関わってきた
かということを。

 著者の高橋千劔破氏は、学生時代から登山を愛好してきた。人物往来社(現・新人物往来社)に勤務し、「歴史読本」編集長、取締役編集局長を歴任した後、退社、現在は歴史・文芸評論家として活躍中である。この経歴からも、山への並々ならぬ愛情と歴史、文化への造詣の深さが一目瞭然、まさにこの人にしてこの著書ありの感がある。ついでに氏について付記すると、日本ペンクラブ常務理事、大衆文学研究会幹事長も努め、これらの団体のイベント、会合などにおける名司会ぶりは定評あるところである。我が国文壇には欠かせない一人である。
 そのような高橋氏が数年にわたり、雑誌に連載したものを「名山の日本史」「名山の文化史」とシリーズで単行本化してきたが、今回、取り上げた書はその三部作目にして完結編である。取り上げた山は三部作併せて100である。
 最後に、この書を読まれたことがきっかけで登山される方には是非お願いしたい。ご自身の安全と山の環境保全にはくれぐれもご留意頂くことを。
(本の博物館館長代理・菊池道人)
* この記事はツカサネット新聞に掲載されたものです。

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