滋賀モデルによる愛育病院の算数

確実に裏付けられていない部分もありますが、おおよその前提条件として、

  1. 労基法41条3項による当直許可は下りない
  2. 愛育病院職員紹介によると新生児科医は5名である
  3. 3/26付m3医療維新によると産婦人科の実夜勤戦力は5名である
  4. 交代勤務ではなく時間外勤務でカバーする(日勤の人数はそのまま)
  5. 非常勤の応援は期待しない
愛育病院の勤務シフトは不明なのですが、ここでは算数を簡略化するために日勤を9時間(昼休み1時間)、夜勤を15時間(休憩1時間)とし、日曜祝日も日勤夜勤体制であるとします。これを4月をモデルとして1人体制の時間外勤務時間を計算すると、
    平日夜勤:14時間 × 21日 = 294時間
    休日夜勤:14時間 × 9日 = 126時間
    休日日勤:8時間 × 9日 = 72時間
合計492時間になります。

まず新生児科ですが1人当直体制です。時間外労働の月の限度時間は平成10年12月28日付労働省告示第154号「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」により45時間とされていますから、5名で225時間となり267時間足りません。

267時間は36協定による特別条項で限度時間を延長して賄う事になりますが、特別条項が適用できるの6ヶ月までの縛りがあります。6ヶ月はいつ適用しても構いませんから、5名の新生児科医が2名と3名に分かれて特別条項とそれ以外の分担と考えます。そうなれば、

    2名が特別条項適用:178.5時間(36協定限度時間45時間+特別条項133.5時間)
    3名が特別条項適用:134.0時間(36協定限度時間45時間+特別条項89.0時間)
滋賀では120時間ですが、特別条項による限度時間は青天井なので、180時間ないし余裕をもって200時間にすればクリアできます。


次に産婦人科です。ここは2人当直が必要ですから条件はさらに厳しくなります。まずまず984時間の時間外勤務が発生し、特別条項がカバーしなければならない時間は759時間となり、新生児科同様に計算すれば、

    2名が特別条項適用:421.5時間
    3名が特別条項適用:298.0時間
え〜と、3名が特別条項適用としても少なくとも300時間、2名なら430時間ぐらいは必要となります。祝日が多い月の方が時間外勤務時間は増えますから5月モデルを考えます。
    平日夜勤:14時間 × 18日 = 252時間
    休日夜勤:14時間 × 13日 = 182時間
    休日日勤:8時間 × 13日 = 104時間
計538時間となります。2人当直体制の産婦人科5人モデルで考えると、特別条項適用時間は851時間になります。そうなると、
    2名が特別条項適用:470.5時間
    3名が特別条項適用:328.7時間
では祝日が無い6月ならどうなるかですが、
    平日夜勤:14時間 × 22日 = 308時間
    休日夜勤:14時間 × 8日 = 112時間
    休日日勤:8時間 × 8日 = 64時間
計484時間ですから、特別条項適用時間は743時間になります。同様に、
    2名が特別条項適用:416.5時間
    3名が特別条項適用:292.7時間
6月は時間外勤務時間数が少ない方の月になるはずですから、特別条項2名体制になると思います。そうなれば特別条項による時間外勤務時間はどう考えても420時間程度は必要になります。420時間がどの程度かと言えば、夜勤を14時間勤務としていますから30日分となります。6月は30日にしかありませんから、30泊勤務となり、これに月曜から金曜までの日勤が加わりますから日曜の夜から金曜の夜までの連続勤務が必要になります。病院から開放されるのは土曜と日曜の昼間だけになります。

ここでちょっと計算と言うか、運用がよくわからないところですが、日曜夜から土曜の朝までの連続勤務中の休憩時間がどう扱われるかわかりません。労基法では8時間以上の連続勤務の場合に1時間の休憩時間が必要となっていますが、これを杓子定規に解釈すると日曜の夜から土曜の朝までの間の休憩時間は1時間でOKになります。そうなると特別条項による限度時間の延長が必要になりますが、今日はそこまでは計算しないことにします。


それにしても正規の勤務時間が176時間、時間外勤務時間が約2.4倍の416.5時間とはかなりイビツな勤務体系のように思えます。それでも3/26付朝日新聞にある厚労省の担当官が愛育病院にアドバイスを行なったとされる

厚生労働省の担当者からは25日、労働基準法に関する告示で時間外勤務時間の上限と定められた年360時間について、「労使協定に特別条項を作れば、基準を超えて勤務させることができる」と説明されたという。

厚労省の担当官は特別条項により月420時間程度の時間外勤務を行なえば勤務は可能とアドバイスした事になります。厚労省担当官がアドバイスしたぐらいですから、きっと労基署も周産期医療を守るために苦渋の選択で届出を受け取るのでしょう。そうなると36協定の内容は、

    45時間 × 6回 = 270時間(平常月)
    420時間 × 6回 = 2520時間(特別条項適用月)
合計で年間2790時間になります。もっとも地獄は年に6回で、残りの6ヶ月は「たった」45時間しか時間外勤務はないですが、何かの都合で2ヶ月連続とかになるとさすがの産科医でも辛いんじゃないでしょうか。実はと言うほどではありませんが、年間2790時間でも月平均にすれば230時間ほどです。230時間も無茶苦茶な時間外勤務ですが、現在もこの勤務時間数を実質こなしているわけです。これを特別条項の適用でイビツに分布させる事により、月420時間と言う目も眩むような特別条項適用月が発生するわけです。

労基法の運用の趣旨は、厳格適用により事業場を破綻させ失業させてしまう事は避けなければならないこととされています。特別条項適用により労基法はクリアできても、それにより職場が崩壊するとなれば、今度は首都東京の周産期医療を守るために、労働省告示154号の適用を弾力的運用で目を瞑る措置を労基署は行なうのでしょうか。なぜなら特別条項の厳格適用は愛育の産科を壊滅させる事につながるからです。そうなるともう労基法は私の理解の手に負える代物ではなくなります。

もっとも愛育は総合周産期であるが故に41条3項の宿日直許可が下りないわけですから、総合周産期の看板を下ろせば宿日直許可は下りる可能性はあります。また総合周産期の看板を下ろしても愛育の経営はビクともしません。そうであれば特別条項で月420時間の限度時間を特別協条項を結び、強行突破を行い、安全配慮義務違反の地雷原を歩むより総合周産期の看板返上が理性的な判断に思えます。

特別条項の認可を労基署は与えてくれても、安全配慮義務違反の免罪符は東京都も厚労省も絶対にくれないでしょうからね。


最後にこの算数をやっていると時間感覚がおかしくなるのですが、平成14年2月12日付基発第0212001号「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」にある「過重労働による健康障害防止のための監督指導等」をもう一度引用しておきます。

(1) 月45時間を超える時間外労働が行われているおそれがあると考えられる事業場に対しては監督指導、集団指導等を実施する。

(2) 監督指導においては、次のとおり指導する。

  1. 月45時間を超える時間外労働が認められた場合については、別添の4の(2)のアの措置を講ずるよう指導する。併せて、過重労働による健康障害防止の観点から、時間外労働の削減等について指導を行う。
  2. 月100時間を超える時間外労働が認められた場合又は2か月間ないし6か月間の1か月平均の時間外労働が80時間を超えると認められた場合については、上記アの指導に加え、別添の4の(2)のイの措置を速やかに講ずるよう指導する。
  3. 限度基準に適合していない36協定がある場合であって、労働者代表からも事情を聴取した結果、限度基準等に適合していないことに関する労使当事者間の検討が十分尽くされていないと認められたとき等については、協定締結当事者に対しても必要な指導を行う。

(3) 事業者が上記(2)のイによる別添の4の(2)のイの措置に係る指導に従わない場合については、当該措置の対象となる労働者に関する作業環境、労働時間、深夜業の回数及び時間数、過去の健康診断の結果等を提出させ、これらに基づき労働衛生指導医の意見を聴くこととし、その意見に基づき、労働安全衛生法第66条第4項に基づく臨時の健康診断の実施を指示することを含め、厳正な指導を行う。

この通達にあるように問題とされる時間外勤務数のレベルは120時間とか200時間とか420時間なんてレベルではなく、

    月45時間を超える時間外労働が行われているおそれがあると考えられる事業場に対しては監督指導、集団指導等を実施する。
45時間を超えるだけで監督指導、集団指導の対象になります。滋賀の120時間も愛育で予測される420時間も労基署は届出時点で45時間を超えることが分かっているわけですが、これも特別条項によりすべて免責されるのかもしれません。素晴らしきかな特別条項です。労基署は事業所を守るために特別条項を認め、一方でこれで過労死が起これば今度は安全配慮義務違反の責任を事業所に問うわけです。労基法の弾力運用は本当に魔法の杖と思います。