青年期、私は三島文学を敬遠していた。理由は二つあったが、両者は相通じてもいた。第一に、当時私は大江健三郎に夢中になっていたので、三島を受け付けなかったのである。全作を読破したと嘯く三島愛好者が傍にいたことも私の反発を助長した。第二に、私には、三島の作品はいかにも整然と造形され終わった、いわば美術品のごときものに過ぎないと見えたのだ。神保町の古書店に三島の稀覯本が麗々しく飾られた光景を私は軽蔑していた。あんなガラスケースに収まった美本なんぞに、自分の今を託すことは到底できない、と力んでいたのだ。自決のニュースも、三島が勝手に自身の完成を目指した行為に過ぎぬだろう、文学のそれか生のそれかは知らぬが…