経典は、「私はこのように聞いた」(如是我聞)ということばから始まる。 「私」とは、釈迦に常にともなっていた阿難(アーナンダ)である。経典は、阿難が釈迦の教えを聞いたことをもとに、つくられたということになっている。 釈迦が滅したあとに、その教えが散逸しないようにまとめるという集いが行われた。「仏典結集」(サンギーティ)という。第一回目は、摩訶迦葉(マハーカッサパ)が主催して行われた。 阿難は、その時点で悟っていなかった(アラハントに達していなかった)ので、その結集には参加できなかった。しかし、結集の行なわれる明け方、悟りを得て参加したと言われる。 そして、五百人の比丘にむかって「わたしはこのよう…