前記事の表を見直して、再作成。 赤字の箇所は、後漢書に無い文言(B,D,Fのブロック単位で無い文言は除く)。 →こうやって見ると、魏志を節略して後漢書にしたというより、後漢代の原史料に後代で得られた情報が魏志(や魏志が参照した魏代史書)で追加されたと見る方が、妥当な気が更にしてきます。 それで後漢代の原史料に忠実なのは後漢書の方と想定すると、当然ではありますが”後漢書の情報は既に後漢代に得られていた”ことになります(57年107年遣使等も含む)。 そこで課題になって来るのが魏志の東夷伝序文。 陳寿は、魏の功績顕彰のためと推測しますが、公孫氏の情報遮断と、それの打破の強調で、後漢代には情報が得ら…