旧町名。北海道紋別郡丸瀬布町。 網走支庁に属した。
人口:2,034人(平成17年3月末現在) 面積:510.13平方km(同上)
2005年10月1日に遠軽町、生田原町、丸瀬布町、白滝村の4町村で合併を行い、現在は遠軽町の一部。
石北本線が通る。
これは北海道、道の駅全駅制覇しても振興局単位のキャンプ地を制覇してもまだまだ北海道にはきちんと見ていない市町村が多いなぁと思った【たかさん】が道内市町村を巡るお話です。 2月22日(木) とりえず2/22(にゃんこの日)と言う事で、 我が家の「大吉」くんをご覧ください。 仕事終わりから出発の予定をして、帰宅後すぐ準備。旅やキャンプには忘れ物が付き物って事で入念に準備していざ出発 今回、仮眠場所に選んだのは「道の駅まるせっぷ」 紋別郡遠軽町丸瀬布元町42-2(国道333号沿い) 住所で歴然ですが今は遠軽町。 自分の知る限りでは元々「丸瀬布町」でした。 旭川紋別道も丸瀬布までしか開通してなくて、そ…
郡は以前は町や村を含む自治体となっていましたが、1923年郡制が廃止されて以来、郡の存在意義はなく、地理的区分としてのみ存在しているようです。郡の廃置分合は、都道府県知事が権限を持ち、都道府県の議会の議決を経て定め、総務大臣に届け出ることとなっています。また、郡に市や区は属さないため、町村に市制が施行されると、その範囲は郡域から除かれます。そのため、市の増加・拡大に伴い多くの郡が消滅しました。北海道でも市町村の統廃合などを繰り返し、いくつかの郡は消滅しています。ここでは1947(昭和22)年の地方自治法施行当時にあった郡以降について調べてみました。 ※個人で調べています。もし間違いがある場合は…
引用先 https://umemado.blogspot.com/2011/06/blog-post_17.html 昨年の2月にナロー80に新たに加わった猫山森林鉄道ですが2月には新たに車両も出ますが、今後、新たなラインナップはどうなのでしょうか? 目次●森林鉄道とはどんな鉄道だったのか?●鉄コレで製品化された猫山森林鉄道とはどんな路線なのか?●鉄コレで製品化された猫山森林鉄道の車両のラインナップは?●鉄コレで製品化された猫山森林鉄道の今後のラインナップは何があるのか? ●森林鉄道とはどんな鉄道だったのか? 引用先 http://www.ontake.jp/%E3%81%84%E3%81%A…
今回は遠軽町です。2005年に当時の遠軽町と生田原町、丸瀬布町、白滝村が合併して今の形になりました。人口約18000人の町で、道央と紋別・北見・網走をつなぐ交通の要所として栄え、商業の他、農業・林業が主な産業です。 最近いくつか話題になったことがあり、ここで紹介してゆきます。まずひとつがこちら道の駅遠軽森のオホーツクです。もともと道の駅まるせっぷ、道の駅しらたきがありましたが、令和元年12月にオープンしました。スキー場に面した道の駅であり、ロッジをかねています。 なんと冬以外には敷地を利用してジップラインが楽しめます。最高時速70km/h、全長1135mもあります。リフトなどで山頂へ(この日は…
北海道遠軽町に合併された旧白滝(しらたき)村に行ってきたよ! 旧白滝村カントリーサインマグネット 1.旧白滝村の概要 2005年,近隣の生田原(いくたはら)町,遠軽町,丸瀬布町と合併し,現在の遠軽町になった。実は1946年8月1日に紋別郡遠軽町から白滝村とともに丸瀬布村として分村した歴史があり,先の市町村合併も一度分かれたものたちが再び集結したといってもよい。(ここの説明は前回の遠軽町と同じ) 町名の由来は,湧別川の滝。水しぶきで滝つぼや岩肌が白く見えるので白滝という名が,いつとはなしに地名となった(本多 1999)。 現在は白滝発祥の地として碑がたてられている。 町の中心を流れる湧別川と支流…
北海道遠軽町に合併された旧丸瀬布(まるせっぷ)町に行ってきたよ!。 1.旧丸瀬布町の概要 2.道の駅 参考文献 旧丸瀬布町カントリーサインマグネット 1.旧丸瀬布町の概要 2005年,近隣の生田原(いくたはら)町・遠軽(えんがる)町・白滝(しらたき)村と合併し,現在の遠軽町となった。実は1946年8月1日に紋別郡遠軽町から白滝村とともに丸瀬布村として分村した歴史があり,先の市町村合併も一度分かれたものたちが再び集結したといってもよい。 町名の由来は,アイヌ語の「マウ・レ・セプ」(3つの川の集まる広い所)からきている(本多 1999)。 かねてから林業が盛んな地域で,昭和初期には森林鉄道「武利意…
こんにちは、MABOです。 道東の実家に行ってきました。 古い灯油を回収する 北海道にもエアコンが必要? 大曲湖畔園地 蒸気機関車、雨宮21号に乗る 古い灯油を回収する 父親が亡くなり三年が過ぎましたが、離れとして使っていた部屋の灯油タンクが気になっていました。 無人の建物に可燃物の灯油がある事が、安全面で心配だったのです。 90リットルの灯油タンクに残るのは半分。 「古い灯油は使えるのか」 調べてみると、法的な使用期限は無いようです。 保管状態により劣化する事もあり、シーズン内での使い切り、が一般的に推奨されています。 劣化の判断は色と臭い。 透明の灯油が黄色や茶色に変色する、腐ったような酸…
皆さん おはようございます。 まず最初に7月9日のぶらり旅が11日報告になったことをお詫び申し上げます。今まで二十数℃せいぜい30℃程度の気温が最高気温34℃の世界になった事と、その気温の中色々の施設を歩き回ったせいか?昨夜はブログ作成の体力が残って無く、1日遅れとなってしまいました。無理せずブログ作成を続ける予定ですので、よろしくお願いします。 遠軽町は平成の大合併で元の遠軽町・白滝村・丸瀬布町・生田原町の4町村が合併した比較的大きな町です。黒曜石の露頭などでジオパークの指定を受けた「旧白滝村」から 『白滝ジオパーク交流センター』 正面玄関前の柱に注目。柱には黒曜石が貼り付けられています。 …
もう離島しか残ってないやって安心していた 市町村役場を巡るの取り組み。 通りかかりに支所があったのでちょっと寄ってみた。 支所の前には町民憲章の石碑が残ってた。 あと交通安全啓発の看板。 2か所の白い四角の部分はどちらも「町」の文字が隠れている。 死亡事故が9年もないってすごいよね。 ちょっと角度を変えてもう一枚。 左上の方は窓がないので講堂とか議会の議場とかがあるのかな? 玉砂利で作られた蝶々がデザインされているスロープ。 何となくだけど丸瀬布町と言えば 昆虫とSLの印象がある。 玄関。 昭和アンティークな感じ。 平日ではないので中は覗けず。 前庭にはタイムカプセルの碑という石碑があった。 …
白滝村立白滝小学校跡をたずねてみた。 場所は廃駅となってしまった旧白滝駅のそば。 道路っぷちに残っていた丸太はきっと校門。 前庭には旧白滝小学校跡の石碑があった。 ちょっとややこしいが白滝村は 1946(昭和21)年に遠軽町から丸瀬布村とともに分村して白滝村となり、 2005(平成17)年に遠軽町、生田原町、丸瀬布町と合併して遠軽町となっている。 現在、白滝駅のある旧白滝村市街地には 遠軽町立白滝小学校(開校時は白滝村立)がある。 こちらの白滝小学校は1976(昭和51)年に開校となっている。 そのあたりも踏まえて旧白滝小学校跡という表記なのかなって思ったんだけど。 石碑の裏側には沿革があった…
みなさん、こんにちは。 今回は、北見を出発し丸瀬布にある“雨宮21号”という蒸気機関車を見て乗ったりします。そして、美幌峠や屈斜路湖をドライブします。 ★北見市から丸瀬布森林公園いこいの森までのルート★ まずは、北見駅のホテルを8時半頃に出発し、レンタカーを借ります。 そして、北見市街から丸瀬布森林公園いこいの森まで車を走らせます。 所要時間は、概ね1時間20分になります。 丸瀬布森林公園いこいの森 丸瀬布森林公園いこいの森までやってきました。 入り口に本格的な踏切が設けられているのが目立ちます。 ここは、かつて森林鉄道で活躍した機関車が園内を走っている他、キャンプ場やゴーカート場なども整備さ…
生田原町立清里小学校跡を訪ねてみた。 いきなりあったのは古い校門。 校門についていた石板。 どうしてこの色にしたんだろうってくらい字が読みにくい。 紀元二千六百年記念と書かれているのは何となく分かる。 撮影時にちゃんと確認しておけば良かったな。 こっちは新しい方の校門だと思われる。 左側には清里小学校の表札。 小学校の「学」の字は旧字体だね。 もう片方にはキララン清里 生田原 宿泊研修施設とある。 生田原と宿泊の文字の間が消されているけど ここは町の字が入っていたんだろうね。 ちなみに生田原町は2005(平成17)年に遠軽町、丸瀬布町、白滝村と合併し 遠軽町になっている。 校舎全景。 と思うん…