34歳の版下職人だった松本清張は、意外な召集を受けた。担当編集者でもあった著者が、戦争が作家の根底に与えた深い傷に迫る。 一家7人を支える中年版下職人に、意外な赤紙(召集令状)が届いた。戦局が絶望的な状況にある時期での召集令状は、死を意味していた。なぜ、自分のような家族持ちの中年男が戦場に駆り出されるのか。明らかに、この召集には、懲罰的意味合いが込められていたのである。生計を立てることに追われ、在郷軍人会や職場での軍事教練に出席できなかった清張は、徴兵事務を担当する出先機関の小役人に「不真面目な、けしからん奴だ」と睨まれていたのだ。 この経験と怨念は、後に『遠い接近』という長編ミステリーに結実…