ここ数日で、「日置」と「額田部」を軸にした長大な文章を書いた。 なぜ、今、あえてこんなことを書いているのかというと、私たちの足下の歴史の捉え方が大きく歪められてしまっていれば、現在を生きる私たちの世界観や人生観も歪んでしまって当然だと思うからだ。 歴史教育が年号や人物名の記憶優先になってしまって、その背景にまったく踏み込めていないことについては多くの人が問題視しているが、問題はそれだけでなく、私たちが植え付けられている歴史観が、まるでハリウッド映画のように、ヒーローと悪人、勝者と敗者の組み合わせストーリーで処理されてしまっている。 飛鳥時代に蘇我氏という強い奴が突然現れたが、横暴な振る舞いが続…