毎年八月晩夏のみぎりに達すると、南部盛岡城下の街は俄かに騒がしさを増して、士農工商のべつなく誰も彼もが気忙しそうに動き出す。 江戸から客が来るためだ。 「将軍家用馬買上」のため、白河関をくぐり抜け、日本列島の上半身をはるばると、公儀役人の一団が――。 (江戸城桜田二重櫓) 南部藩にしてみれば、これほど名誉なことはない。 わが郷里たる甲斐国にも類似の噺は伝わっている。将軍様の膳部に添える箸の用材、柿であったか、ともかくそれを献上したということで、誇らしげに語る古老が昭和初期まで何処ぞの村に居たはずだ。 「将軍(くぼう)様ご愛用」のブレンドは、それほどまでに強いのである。 ましてや乗馬(のりうま)…