北添道場で居合の稽古をしていると……「師範はおらぬか。拙者、井上源左衛門。師範と立ち会いたい!」と、玄関から声がする。こういった場合、ちょっと金子(きんす)を包んで、お引き取り願う。浪人もそれを狙っている。お小遣い稼ぎだ。「この道場の師範の、北添数馬と申します。立ち会いをご希望で?」「う…… うむ…… もし拙者が勝ったら、道場の看板はいただいていく」「道場の看板なら、いくらでもあげますよ。今度は山岡鉄舟先生に書いてもらいますから」「真剣で立ち合いをお願いしたい」「かしこまりました」 様子を伺っていた門弟たちは怯えている。 浪人は上段に構えた。数馬はその瞬間、右足を踏み込むと同時に、鞘ごと刀を抜…