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虫屋

(動植物)
むしや

昆虫を愛好し、その観察・捕獲・飼育・育成・標本作成・研究などを趣味とするひとのこと。
一般に、虫好きを「虫屋」と呼ぶこともあるが、虫屋という呼称が示す一定のマニアックなレベルには到達していない場合がほとんどであり、そういうときは普通に「虫好き」と呼ぶほうが適切と思われる。
下記に、虫屋を自認する人々の著作から定義を引く。

 虫屋というコトバがある。魚屋は魚を売って商売する人であり、肉屋は肉を売って商売する人であるが、虫屋は虫を売って商売する人ではない。生きた虫を売る人を何と呼ぶかはよく知らないが、虫の標本を売る人は昆虫標本商といい、虫屋とはいわない。(略)
 虫屋というのは虫を商売にしている人ではなく、趣味で虫を集めている人のことだと理解してくれればそれでよい。

  • 池田清彦 『虫の目で人の世を見る 構造主義生物学外伝』(平凡社新書) pp. 17-18

 昆虫愛好家はべつに分類学をやっているわけではない。分類学を参考にして自然世界のなかの昆虫を採集したり、分布をしらべたり、生態を観察したり、飼育したり、美しさや変異や行動に魅せられたり、かわいがったり、写真や絵に記録したり、新種や新亜種の発見で自然科学に貢献したり、いっしょにあそんだり、見て楽しんだり、関心のある本や図鑑を読んだり、感激したり、感心したり、標本をつくったり、顕微鏡で形態をしらべたり、夜通し灯火の前にすわっていたり、汗だくになって歩きまわったり、食樹や食草を見つけて胸をときめかせたり、木からおちたり、溝へはまったり、毛虫に皮膚炎をおこされたり、一般人に尊敬されたり、変人とおもわれたりしていればよい。さようなことすべてをひっくるめた、自然の底知れぬ奥行きと虫の魅力をもっともよく肌で感じとっているのが虫屋なのだ、とケンさんは思う。

  • 田川研 『虫屋のみる夢』(偕成社) p.118

虫屋の興味の対象は、ほとんど虫のみにしぼられる。著書『ゲッチョ昆虫記 新種はこうして見つけよう』(どうぶつ社)のなかで、虫は好きだが虫屋にはなれない(虫も好きだが、他の自然の事物にも興味がある)と告白した盛口満氏は、虫屋を「持っているエネルギーのぎりぎりのところまで虫に投入しようと考える人たちのこと」と定義し、知人の虫屋の話として「もっと本格的に虫をやりたいから離婚してくれと奥さんに言った」人がいるとも紹介している。
虫に対する情熱が嵩じて、周囲から見ると常軌を逸した行動に出ることもあるらしい。

 昭和十年ごろ、大阪の蒐集家田中龍三という人はニューギニア産の豪華蝶アレクサンドラトリバネアゲハを、ドイツのシュタウディンガー・バングハース商会から取り寄せ、田圃三反歩を売ってその支払いにあてたという。(略)
 田中龍三コレクションを受け継いだのは『世界の昆虫』(全六巻・保育社)の著者阪口浩平博士であるが、阪口博士がまた、昆虫の蒐集とノミの研究に没頭して、家業の酒造会社をめでたくつぶしてしまわれたのは有名である。

  • 奥本大三郎 『捕虫網の円光 標本商ル・ムールト伝』(平凡社) p.15

アレクサンドラトリバネアゲハの標本は、現在ではワシントン条約で取引が禁じられているが、2009年7月8日、埼玉県の輸入商が本種の売買にかかわり、種の保存法違反(譲渡)などの疑いで警視庁に逮捕される事件が発生した。(記事は同日の読売新聞報道に拠る。)蝶標本に関する逮捕者は国内ではこれが初という。ちなみにこの事件では、アレクサンドラトリバネアゲハは一頭80万円で取り引きされた模様。

虫屋には、それぞれ好みの虫の種類がある。いちばん多いと思われるのはチョウの愛好者で、次にメジャーなのが甲虫屋である。甲虫屋のなかでもクワガタ、カミキリ、オサムシ、ゴミムシなど対象が細分化されていく。好きな虫の名を冠して蝶屋、オサムシ屋などと自称することが多い。数は少ないが、バッタを追う直翅屋、蛾を愛する蛾屋など、対象となる虫の種類は多岐にわたる。
きらわれる虫の王様ゴキブリに関しては、池田清彦氏がこのように書いている。

 普通の人は、ゴキブリのような気持ちの悪い虫が人気のないのはあたり前だろ、と思うに違いないが、虫屋にあたり前は通用しないのである。ゴキブリは結構大きい虫であり、展翅展脚をして標本箱に並べるとなかなか恰好がよい。オオゴキブリなんてゴキブリは、黒くて硬そうで、ヘタなクワガタよりよほど見場が良さそうだから、標本箱の中にずらっと並べたらさぞ壮観であろうと思うけど、そういう光景は見たことがない。
 なぜ虫屋たちはゴキブリを集めないのだろう。理由はたぶんゴキブリが気持ち悪いためではない。ゴキブリは日本には五十種ほどしかおらず、集めようと思えばすぐに集まってしまう。虫屋がゴキブリを集めない理由はまさにそこにあるのだ。

  • 池田清彦 『虫の目で人の世を見る 構造主義生物学外伝』(平凡社新書) p.50

虫屋として知られる人々の名を挙げておく。

  • 池田清彦(生物学者。蝶屋からカミキリ屋に転身)
  • 泉麻人(エッセイスト)
  • 海野和男(昆虫写真家)
  • 奥本大三郎(仏文学者。『ファーブル昆虫記』翻訳者)
  • 岡田朝雄(独語・独文学者。ヘッセの『少年の日の思い出』訳者)
  • 鳩山邦夫(政治家にして蝶屋。オオウラギンヒョウモンの飼育などで有名)
  • 福井謙一(ノーベル賞化学者)
  • 村田泰隆(村田製作所社長。蝶屋)
  • やくみつる(漫画家)
  • 養老孟司(解剖学者。カミキリやゾウムシなどの甲虫を愛する)

虫屋や標本商が集う標本市は、世界各地、また日本各地で開催されているが、毎年9月23日に大手町サンケイプラザで開かれる「インセクト・フェア」は、1981年から続いている世界有数の規模の標本展示・即売会である。入場料を払えば誰でも入れる。参加者である虫屋の男女比は99:1。ある意味、壮観である。



参考文献

私の脳はなぜ虫が好きか? [ 養老孟司 ]
ゲッチョ昆虫記―新種はこうして見つけよう
生き物屋図鑑
昆虫採集の魅惑 (光文社新書)
楽しき熱帯 (集英社文庫)
捕虫網の円光―標本商ル・ムールトとその時代 (中公文庫)
虫権利宣言
虫の目で人の世を見る―構造主義生物学外伝 (平凡社新書)
昆虫少年記
虫屋の虫めがね
虫屋のみる夢
蝶コレクターの黒い欲望---乱獲と密売はいかに自然を破壊したか?
虫に追われて―昆虫標本商の打ち明け話

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