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葉書でドナルド・エヴァンズに

(読書)
はがきでどなるどえう゛ぁんずに

さようなら、ドナルド。
ぼくはいま旅立ったところだ。世界へ、世界から。
すべてはまるで違っていて、
親しいドナルド、ぼくにもすべてがあたらしい。


ドナルド・エヴァンズ―1945年、アメリカ・ニュージャジー州に生まれる。
1997年、31才のときオランダ・アムステルダムの
友人のアパートメントの火事にまきこまれ、死亡。
あとに残されたのは、彼の描いた4千枚の切手。
エヴァンズは空想の国々の架空の切手ばかりを描いた画家だった。


エヴァンズの生まれた街、
画家を志して渡ったアムステルダム、
彼が恋人と行くはずだった不思議な切手を発行する小さな島へ。
若くしてこの世を去った画家の通過した気圏、友人たちを訪ねる
奇妙な旅の途上からエヴァンズに宛てて発信された186通の葉書。


架空の切手の、
架空の国々への、
ほんとうの旅


本書(作品社)はきわめて「忠実」な仕事を残した美術家ドナルド・エヴァンズの軌跡を、詩人平出隆が辿った記録である。
エヴァンズは架空の国の架空の切手を描き続けることで、蒐集することの意味や、郵便という制度を通した場所への想像力を喚起する作品をつくった。
それらの作品群に強く惹かれた平出は、亡きエヴァンズに対する思いを葉書という限られた紙面の集積によって表現した。
「切手の形式とその画面構成というきわめて限られた空間での、あなたの驚くべくも微妙な工夫の数々。」
このように書く平出の言葉は、自らもまた形式のなかに美しさを感じる者であることを表明している。


平出はエヴァンズにまつわる様々な土地を訪ねながら、また東京郊外で病床の友人を看取りながら、葉書を書く。それぞれの冒頭に記された日付と場所は、彼はそのときそこにいたのだという遙かな思いに誘う。
私はたびたび出てくる東京郊外の地名を見て、そのころそこに向かう私鉄に乗っていたので、同じ電車に乗合せていたかもしれないという感慨におそわれた。


本書ではまた装丁が重要である。
美術家と詩人の仕事の意味を十分に理解した画廊主によるそれは、紙やインクの選び方にも気を配り、抑制された、注意深い造本となっている。
こうして本書は本という物質を手にすることの喜び、電子メディアを通した情報では決して伝えられない実在感を伝えてくれる。
それは手紙という物質が手に落ちる感覚、電子メールでは感じられない実在感にほかならない。
本書ではその形式性、つまり書き方、つくり方ゆえの表現が、憧れの友へと宛てた文章の内容と分かち難く結びついている。

* 単行本:165p
* サイズ(cm):210×148
* 出版社:作品社
* ISBN:4878933704 (2001/04)

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