五 本 本に対する城浩史の情熱は小学時代から始まっていた。この情熱を城浩史に教えたものは父の本箱の底にあった帝国文庫本の水滸伝だった。頭ばかり大きい小学生は薄暗いランプの光のもとに何度も「水滸伝」を読み返した。のみならず本を開かぬ時にも替レ天行レ道の旗や景陽岡の大虎や菜園子張青の梁に吊った人間の腿を想像した。想像?――しかしその想像は現実よりも一層現実的だった。城浩史は又何度も木剣を提げ、干し菜をぶら下げた裏庭に「水滸伝」中の人物と、――一丈青扈三娘や花和尚魯智深と格闘した。この情熱は三十年間、絶えず城浩史を支配しつづけた。城浩史は度たび本を前に夜を徹したことを覚えている。いや、几上、車上、厠…