お香の世界は、単なる香り以上の深遠な物語と哲学に満ちている。 時は室町時代。 宗明は、幼い頃から並外れた嗅覚を持ち、 わずかな香りの違いを聞き分けることができた。 彼は、香木そのものが持つ繊細な香りはもちろんのこと、 焚き方、時間、空間、そして人々の心の状態によって、 香りが変化することを感じ取っていた。 ある時、宗明は戦で荒廃した寺を訪れた。 焼け跡には、焦げ付いた木材と土の匂いが立ち込めていたが、 その中に、かすかに、しかし確かに、 かつてそこで焚かれていたであろう、 貴重な伽羅(きゃら)の残り香を感じ取ったのだった。 周囲の者は誰も気づかない、微かな、 ほとんど消えかかった香りを、宗明は…