僕は両親がプログラマだったので、コンピュータに触れたのが普通の人より少し早かった。僕が物心ついたときに母が使っていたマシンはおそらくPC8801で、僕が勉強するちゃぶ台からは母が仕事をしていた(母は富士通の孫請けで数人のチームでアプリケーションを作っていた)のが見え、うちのお母さんは友達の家とずいぶん違うなぁなどと思っていた。僕を含めて、母子家庭が集まるグループのようなものが幼稚園にできていて、たまに友達の家に泊まりに行ったりしていたのだ。いま思えば、友達のお母さんは水商売の人が多かったのだと思う。話を戻して、そのころのデータのやりとりとか納品はどうしていたかというと、5インチのフロッピーに書…