蝉の声がかすかに響いていた。もうすっかりと聴こえなくなったと思っていたけど、この山深い森では微かに聞こえるようだ。ここだけ夏が名残惜しく残っているかのように思えた。 朝夕の冷え込みはまさしく秋のそれで、日が照った日中は汗ばむような暑さであっても、確実に夏の撤退と秋の侵攻を意識せざるを得ない、そんな日々が続いていた。だから、この蝉の声は少し意外で、ちょっとだけ残された夏を拾い上げたような、すこし得した気分になった。 ワイヤーの入っていないマスクが欲しい。ワイヤーが入っていると鼻のところが擦れて血が出る。祖母がそんなことをいうので、近くのドラッグストアでワイヤーの入っていないものを箱で買い、わざわ…