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アイゼンハワー

(社会)
あいぜんはわー

ドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower)1890年〜1969年。
米陸軍軍人。第二次世界大戦には欧州における連合軍の最高司令官を務め、国民的英雄となる。
後、共和党から出馬、第34代アメリカ合衆国大統領となり、冷戦初期のアメリカを率いる(在任1953年〜1961年)。アメリカ的なリーダーの代表的な人物。
アイゼンハウアーとも。

概略

テキサス州デニソンの生まれ。ニックネームは「アイク」(Ike)。
若年時はフットボールの名プレイヤーとしても知られ、名門のアーミー(陸軍士官学校)へと進むが、試合中の負傷によって選手生命は絶たれる*1
以後、陸軍士官としてのキャリアを歩む。第一次世界大戦時は米本土を出ることなく終わっているが、その後(フィリピンでマッカーサーに仕えるなど)各地で軍歴を積み、第二次世界大戦時にはマーシャルによって軍中央に招請されている。
米軍の欧州方面への派遣に伴って司令官となり、最終的にはノルマンディ上陸作戦に始まる欧州大陸への反攻作戦の最高司令官となる。これに伴って1944年12月には新たに創設された元帥位に昇進。ドイツの降伏後は占領軍政のトップに横滑りしている。
戦後はコロンビア大学の学長、NATO軍の初代最高司令官などを歴任。1952年の大統領選挙では共和党から立候補、圧倒的な人気によって大勝し、第34代アメリカ大統領に就任する。
就任後は朝鮮戦争を終わらせるとともに*2、冷戦に対応するための諸政策を実施した。
アイゼンハワー自身は極めてアメリカ的な健全な常識人と言ってよく、全米を覆ったマッカーシズムの狂気の時代にあってなお、中道的な立場を維持していた。軍人出身であり、冷戦の権化とも言うべきダレス兄弟を重用しつつも、過度の強硬策は抑止し、核兵器配備による軍事予算の縮小を指向していた*3
また、退任演説においては軍産複合体の影響力の増大を警告しており、次代のケネディおよびジョンソン政権との対比も含めて興味深い*4

*1:このときにタックルした相手が、かのジム・ソープである

*2:厳密に言えば停戦であって、終戦ではないが

*3:いわゆる「ニュー・ルック」戦略。

*4:確かに、共和党は伝統的に「小さな政府」と(いわゆるアメリカ的な)「自由」に価値を置いているから、その点からすれば軍産複合体は警戒すべき対象ではあるが

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