「革命の炎を消すことはできない。しかし封じ込めることはできる。メッテルニヒはそう考えていました。」1814年秋から1815年春にかけて、ヨーロッパ中の王侯貴族・外交官・軍人たちがオーストリアの首都ウィーンに集結しました。目的はナポレオン戦争後のヨーロッパ秩序の再建です。ウィーン会議。この会議を主導したのが、オーストリアの外相クレメンス・フォン・メッテルニヒ(1773〜1859年)でした。メッテルニヒが設計したウィーン体制は、フランス革命とナポレオンが解き放った自由主義・ナショナリズムという「革命の炎」を封じ込め、ヨーロッパに約100年間の大国間の平和をもたらしました。しかしその平和の代償は、人…