【Upanisad】『優婆尼沙土』 リグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダのサンヒター(=本集)に付随する重要文献の一つ。祭儀書ブラーフマナ、森林書アーラニヤカ、奥義書ウパニシャッド。梵我の結合や一体化ではなくて、元々同じものなのだとする、汎神論的哲学であり、宗教から哲学への過渡期に生まれた思想。かのJ・D・サリンジャーも耽溺した思想である。
前回の記事では、「不滅の魂」と「必滅の肉体」との関係を解説しましたが、その上で、一つの問、疑問を提示いたしました。 その問とは、「不滅の魂」と「必滅の肉体」、そして、この記事を書いている、もしくは、読んでいる「わたし」(一人の人間、一個人)との関係とは、一体、どのようなものであるのか?ということです。 〇〇××という個人の「わたし」は、「不滅の魂」なのでしょうか?それとも、「必滅の肉体」なのでしょうか? それとも、「不滅の魂」であり、「必滅の肉体」でもあるのでしょうか? それとも、「不滅の魂」でもなければ、「必滅の肉体」でもないのでしょうか? 実は、この他にもう一つ考え得る想定があります。 そ…
前回の記事では、バガヴァッド・ギーターに書かれているクリシュナ神(バガヴァン・クリシュナ)と人間アルジュナとの対話を通して明らかにされた真理(ダルマ)について、解説いたしました。 今にも命運を分ける戦いが始まろうとしている瞬間、敵の大群を前にして、戦士として戦うことを放棄したアルジュナに向かって、クリシュナ神は、「魂は不滅であり、滅びるのは肉体だけである」と語り、アルジュナにクシャトリア(戦士)としての義務を果たすように語り、「恐れることなく戦え」と鼓舞したクリシュナ神ですが、ここで、このクリシュナ神の言葉の中に、根本的な疑問が浮かぶ方もいらっしゃることでしょう。 それは、何を以って「魂は不滅…
前回の記事の中で、真我(アートマン)を理解する際のヒントとなるものとして、「魂」という単語を用いましたが、今回の記事は、この「魂」について、ウパニシャッド聖典やヴェーダ聖典などインドで発展したインド哲学を基本とした世界観、宇宙観においては、どのように定義されているのか、見ていきたいと思います。 早速ですが、「魂」と聞いて、パッと頭にどのようなイメージが浮かびますか? 宗教的な観点から、「魂」については、古今東西、いろいろな解説が試みられてきており、例えば、キリスト教や仏教の教えが広まっている地域では、所謂、死後、肉体の消滅後の「魂」の在り方や、「魂」の逝く先など、多くの点で異なって語られたり、…
前回は理智鞘について書きました。多分そこに書いたものが私なりの理智鞘に関する決定版に近いものであろうと思います。バーラタ(インド)思想で鞘というとき、その原義は覆いという意味です。人間は衣服で自らの肉体を覆っていますが、そのようにアートマ(真我、自己、Self)は5つの覆いで覆われているということです。前回書いたのは主にその覆いを取り除くことに関してでした。まさに理智鞘は覆いそのものでした。さて、理智鞘に関して私なりの決定版を書いたとなれば、次はその奥にある至福鞘です。今回は今私が理解している範囲でこの至福鞘に関して書いてみます。 至福鞘は原因体といわれることがあります。人間が生まれてくる原因…
久しぶりに理智鞘について書いてみます。理智鞘4について書いたのは5年近く前になりますが、この5年間で少しばかり成長があったのでしょう、理智鞘についてもう少し書けるような感じがしています。 大地を掘っていくとその内地下水に到達します。昔の人たちはそのように井戸を掘って生活に必要な水を確保していました。これに似たことが人間には必要です。心の内を掘っていって、内なる地下水である愛に到達しなければなりません。そこまでいって初めて自分のことを霊的であると主張できるような気がします。どうやって大地を掘っていけばいいかはわかるでしょうが、心の内を掘るというのがどういうことかわかりにくい人がいるかもしれません…
今日は語れるものと語り得ないものについて思うことを書いてみます。語り得ないものというと、有名なのはヴィトゲンシュタインの「語りえぬものについては、沈黙せねばならない。」という言葉です。これは彼の『論理哲学論考』の最後の言葉のようです。この言葉の言わんとすることは私なりの受け取りですが何となくわかります。言葉をはねつける領域があるのを私は感じているからです。先週、それはリアルなものだと呼びました。言葉は表象されたもの、表象する道具であって、表象される以前のものには届かないように思います。 さて、基本的にヴィトゲンシュタインの主張には賛成します。しかしながら私はサイババの話されたり書かれたものを長…
先週の記事の中で、「親=神はえこひいきをするのかといわれそうですが、あくまでも私の数十年間にわたる実感ですが、神には自分が神が求める通りに振る舞ってくださる傾向があるのではないかとそう思うわけです。当然それに応じたある種の振る舞いが普段から求められているのですが。」と書きました。このことに関して今日は少し補足をしたいと思います。 「神は私たちが求める通りに振る舞う」。いつもとは限らないでしょうが、こういうこともあるということです。たとえばタイティリヤウパニシャッドのブルグヴァリの中に次のような詩節があります。「タットプレティシテーテュパーシーター プラティシターヴァーン バヴァティタンマハイテ…
こんにちは!ヨーガ講師のたかです。いま世の中は混乱しています。その原因は、物質主義。便利なもの、おいしいものをいっぱい欲しい、他の人よりも欲しい!というような思いが、私たちの感情や精神によくない影響を及ぼしています。いまこの世の中で大切なこと、必要なことは「精神に目覚めること」。ヨーガの聖者といわれる人たちは、普段はたった一人で瞑想修行を続けています。ただ世の中が混乱しているときは、ヨーガの行者たちが集まって、精神文明を復活させようとするそうです。5000年以上も前にインドで誕生したヨーガという、世界的に見ても非常に奇妙で不可思議な実践方法が、なぜか21世紀にはいって急速に広まりました。そして…
今朝の体重65.7kg、体脂肪率14.1%であった。筋量は53.1kg。これは近来ワーストかもしれない。筋量UPできない場合は減量が必要だ。幸い暑くなってきたので、「真夏にスーツダイエット」(真夏なのにスーツ上下着続けること)の季節ももうすぐだ。 さて、前の日記に、自然と心に沸き起こる感情を改めて「これはなんだ」「これはいいのか」といった第3者の視点を持ち込んでみる試みのことを書いた。 すこし気にしてみると、こういう自然感情はどちらかというと自分勝手でネガティブであることが多い。 ・周りのしゃべり声がうるさい ・仕事中に電話の声が気になる ・声質が通り過ぎる声がうるさく感じる 会社で仕事をして…
また少しご無沙汰してしまいました。 NYは氷点下を下回る日が続き、とっても寒いです。 みなさんいかがお過ごしでしょうか? 前回、苦しみからの自由でズバリ苦しみから開放されるには、自分の本質を知ることだとインドの経典は説いているとお話ししました。 そこで、自分の本質って?本来の自分って何? という疑問が沸いた方もいらっしゃったかもしれません。 今日はその点について書いていこうと思います。 インドの経典ウパニシャッドは、ずばり私たちの本質はアートマンであると言っています。 日本語では我と訳されたりしているようです。 アートマンは消えることもなければ生まれることもない、永遠にひろがる変わることのない…