Henrique o Navegador (1394年〜1460年)
ポルトガル王ジョアン1世の子、ポルトガル王国の王子。昔は「ヘンリー航海王」などと訳されていたことも。 自らは航海に参加しなかった*1が、様々な探検航海のスポンサーとなり、また、サグレスに航海学校を建設し*2、ポルトガルの対外進出を推進、大航海時代を準備した一人となった。
*1:本人が大変船酔いする体質であったとも伝えられる
*2:とされる
すみません、今週の更新はいつもと違って日曜日になりました。 いやぁ、そういう日もあるよね。 で、ブログの閲覧履歴見てみると、金曜深夜~土曜日朝(いつもTwitterに宣伝する時間)とかに結構アクセスがあるのを見つけちゃってですね。嬉しいですよね。 わざわざ来てくださったのに、更新できてなくてすみません。 でも、わざわざ毎週見に来てくれている人がいるっていう解釈でいいんですかね? 自意識過剰ですかね? では、今日の話にうつりましょう。 皆さん、このブログを読んでいただいたら分かるように、私は「うまいこと言いたい症候群」に罹患しておりまして、日々隙あらば、うまいこと言いたいなぁと思っているわけです…
ポルトガル紀行第14弾は、首都リスボンの ベレンの塔 夕刻時のライトアップ写真、これ一枚のみ…笑 というのも、風が強すぎて塔まで近づけませんでした ロカ岬よりも強かったかもしれません おまけに潮飛沫が飛んでくるので、再び強風と戦いながらの観光でした ある意味誰もいないってすごいですよね笑 ベレンの塔 リスボンのベレン地区にある塔で「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産として世界遺産に登録されている。 16世紀に、マヌエル1世によってヴァスコ・ダ・ガマの世界一周の偉業を記念してつくられた、テージョ川の船の出入りを監視する要塞だった。 建築様式はマヌエル様式。 次は、テージョ川岸に…
エンリケ航海王子はセウタ攻略の功績によりヴィゼウ公の位についた。セウタにおいてプレステ・ジョアンの伝説を聞いたと言われている。プレステ・ジョアンとは東方またはアフリカに存在すると信じられた伝説的キリスト教国の国王のことである。 イスラム勢力に圧倒され続けたキリスト教各国にはプレステ・ジョアンの国と協力することでイスラム勢力を挟み撃ちにできると考えていた人々がいた。東方のキリスト教国というと荒唐無稽な話の気もするが、全く根拠の無い話かというとそうではない。431年に開催されたエフェソスの公会議で異端とされたネストリウス派キリスト教は、エジプトやペルシャ、中国へも伝播していた。以前はモンゴル帝国を…