染髪料(ヘアカラー)
浴用化粧品や基礎化粧品の生産、小売を行うLUSH(ラッシュ)の製品。
ヘンナ(ヘナ)を主成分とし、カラーリングの他に高いトリートメント効果も得られる。

ブラジル出身のサッカー選手。
本名はリカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ。愛称、カカ。1982年5月15日生まれで、国籍はブラジル、イタリア。
長年所属したクラブのACミランでは不動のトップを任されていた。苦渋の決断後、2009年から移籍したレアル・マドリードでも、高い身体能力と戦術的柔軟性を併せ持った才能を発揮している。ポジションは主にミッドフィールダー(オフェンシブハーフ・トップ下)を任されているが、2006-2007シーズン以降、1.5列目の位置でセカンドトップなどフォワード的なポジションを果たすことも多い。
卓越したテクニック、強靭なフィジカル、高い身体能力と戦術的柔軟性、全てにおいて傑出した能力を誇るが、特にボールをトラップして反転する動きと、そこからのスピードの乗ったドリブルを得意とする。ハーフウェーライン付近からドリブルで相手DFを数人抜き去りそのままゴールすることもしばしばである。
運動量が豊富であり、ピッチを広く使ってプレーする。またゲーム終盤に至ってもプレーの質が落ちない全身持久力を持つ。プレー選択の基本は堅実さであり、状況を見て不必要なプレー選択はほとんどしないクレバーな選手である。
「カカ」という名の由来は、弟のロドリゴ(現ACミラン所属DF、登録名「Digao」)が幼い頃に「リカルド」を発音できずに「カカ」と呼んでいたから、という説が有力。その「カカ」という発音は、イタリア語で「排泄物」を意味する「Cacca」に聞こえるため、二文字目にアクセントを置いて「カカー」と呼ばれることが多い。また、「リッキー」という愛称でも親しまれている。
ブラジルの比較的裕福な家庭に生まれ、アルマーニの広告に起用されるほどの甘いルックスを持つ。2005年12月に5年越しの交際を経てカロリーネ・セリコさん(結婚当時18歳)と結婚しているが、彼女の母親はクリスチャンディオールのブラジル法人の代表である。2008年6月10日には、長男ルーカが誕生している。
18歳の時に自宅のプールで脊髄を損傷する重傷を負ったが、奇跡的に運動能力に障害が残らなかった。この事故の後遺症で極度の近眼であったが、06-07シーズン後に視力回復のため矯正手術を受けている。
カカはもともと敬虔なプロテスタント派のクリスチャンであったが、その事故以降はますます神への信仰を深めたという。両手の人差し指で天を指すゴールパフォーマンスは神への感謝を表している。好きな本は聖書、好きな音楽はゴスペルである。
2006 FIFAワールドカップではロナウジーニョ、ロナウド、アドリアーノとともにカルテット・マジコ(「魔法の4人」)を形成し世界中で話題となった。しかしチームは機能せず、個々の選手がバラバラに活躍するのみで圧倒的な優勝候補といわれた前評判を見せられぬまま、準々決勝でフランスに敗れベスト8で敗退した。
【所属クラブの降格危機と破格のオファー】
ACミランに所属していた頃、毎年のように移籍が噂され、その度に大きな話題を集めていた。ACミランとは当初2009年6月までの契約を結んでいたが、2005-2006シーズン終了後にはACミランの八百長疑惑が発覚。クラブのセリエB降格の危機が報じられ、カカのもとにも複数のクラブから移籍のオファーが舞い込んできた。FAプレミアリーグ・チェルシーFCからは7000万ポンド(約152億6000万円)という超破格のオファーが来たが、ミラン側が首これを承認しなかった。このとき本人も「ACミランが降格しないなら、クラブに忠誠を誓う」と発言。その後2006年7月15日にミランは降格を免れる判決を下された。当時チェルシーの監督であったジョゼ・モウリーニョからは「世界の中で自由に選手を獲得できるとしたらカカを選ぶ」といった発言が出たとされる。
【レアル・マドリードからの求愛】
レアル・マドリードのラモン・カルデロン会長はカカの獲得を公約に掲げるなど、世界中のサッカー関係者からの高い評価を集めた。2007年、レアル・マドリードから8000万ユーロ(約130億円)の移籍金と手取り1200万ユーロ(約20億円)のオファーがあったが、それでも移籍しなかった。また、レアル・マドリードへの移籍報道に関して、本人は「レアルは僕が欲しいなら、ベルルスコーニ会長の首を縦に振らせればいい」と言っている。
【史上最高額の移籍金】
2009年1月、FAプレミアリーグのマンチェスター・シティFCがカカ獲得にサッカー界史上最高額の移籍金1億ユーロ(約120億円)以上ともいわれる移籍金をミランに提示したことによる移籍騒動が勃発。カカにも年俸1500万ユーロ(約20億円)を提示し、ミランもカカの移籍を容認(実際は説得)したものの、本人は残留を希望し、同月19日、ミランに残留することが決まった。また、多くのサポーターは移籍に大反対し、中にはカカの自宅周辺などに集結したサポーターもおり、カカは窓からユニホームを掲げ、笑顔で応えた。
【残留を望みながらの移籍】
しかし、2009年6月9日の00:00(現地時間)丁度にレアル・マドリード入団が発表された。移籍金は6800万ユーロ(約92億円)で、2001年、ジネディーヌ・ジダンが同じくレアル・マドリードに移籍したときの7696万ユーロ(約104億円)に次いで当時史上2番目の高額移籍となった。紆余曲折の末の移籍であり、カカ本人はこの移籍について会見で「(裏口ではなく)玄関から去る」と語った。また、レシフェで行われた会見では、あくまで最高の形はミランへの残留であったとしながらも、移籍は財政難に苦しむミランのことを思えばこそであり、移籍をするのであればレアル・マドリードしかないと語った。
一部Wikipediaより抜粋・編集
所属クラブ
- 2001-2003
- サンパウロFC
- 2003-2009
- ACミラン
- 2009-2013
- レアル・マドリード
- 2013-
- ACミラン