主としてスラブ諸語を表記するのに用いられるアルファベットの一種。ギリシア文字から派生した文字で、その誕生には東方正教会が深くかかわっている。
キリル文字の原型は、東ローマ帝国のキリスト教修道士であるキュリロスとメトディオス(いずれもギリシア人)が、当時のスラヴにおける大国であった大モラヴィア(現在のチェコやスロバキア)での布教にあたって、ギリシアの近辺で話されていたスラヴ語(現在のブルガリア語の祖先)を参考に聖書を翻訳するために作ったグラゴール文字という文字である。
キュリロスとメトディオスは、各々の民族は独自の文字を持つべきだと考えており、この信念に基づいて作られたグラゴール文字はギリシア文字とは全く異なる外見を持つ文字であった。しかし、逆に言えばグラゴール文字はギリシア文字の知識が読解に一切役立たない文字になってしまったわけで、それはそれで不便であったのか、後に彼らの弟子によって字形を極力ギリシア文字と共通にした文字が作られた。
このギリシア文字風スラヴ語用文字こそが、現在キュリロスの名にちなんでキリル文字と呼ばれている文字である。
西スラヴにあたる大モラヴィアでの布教は結局失敗に終わったが、キリル文字は正教とともに南スラヴ、東スラヴへと伝わっていた。その後いろいろな事情を経て、現在ではラテン文字・アラビア文字と並んで世界で最も広く用いられている文字のひとつとなっている。
現在では、ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語、ブルガリア語、セルビア語、マケドニア語等のスラブ諸語と、ロシアの強い影響を受けたカザフ語、キルギス語、タタール語、モンゴル語などの旧ソ連内外の諸民族の言語に用いられている。
日本ではロシア文字と呼ぶこともある。ただし、上述のとおりこの文字は元々はギリシア人がチェコやスロバキアでの布教のために作ったブルガリア語用文字であり、ロシアはあくまでキリル文字を輸入した国のひとつでしかないので、キリル文字を何でもかんでもロシア文字と呼ぶことには問題がある。一方で、モンゴル語や旧ソ連内の諸言語で用いられているキリル文字は、スラヴ語全体で見た標準的なキリル文字の使い方と比べると著しくロシア語寄りの表記法となっており*1、そういう意味ではこれらのキリル文字は「ロシア文字」と呼ぶべきかもしれない。
Windows標準の日本語変換ソフト「MS-IME」だと、以下のカタカナ読み入力で変換可能。
大文字 | 小文字 | 読み |
---|---|---|
А | а | アー |
Б | б | ベー |
В | в | ヴェー |
Г | г | ゲー |
Д | д | デー |
Е | е | ィエー |
Ё | ё | ィヨー |
Ж | ж | ジェー |
З | з | ゼェー |
И | и | イー |
Й | й | イークラトカヤ |
К | к | カー |
Л | л | エル |
М | м | エム |
Н | н | エヌ |
О | о | オー |
П | п | ペー |
Р | р | エル |
С | с | エス |
Т | т | テー |
У | у | ウー |
Ф | ф | エフ |
Х | х | ハー |
Ц | ц | ツェー |
Ч | ч | チェー |
Ш | ш | シャー |
Щ | щ | シシャー |
Ъ | ъ | (硬音記号) |
Ы | ы | ゥイ |
Ь | ь | (軟音記号) |
Э | э | エー |
Ю | ю | ユー |
Я | я | ヤー |
*1:キリル文字の「Е」は普通は「エ」の音を表すが、ロシア語でたまたま「イェ」の音を表していたばっかりに、これらの言語の「エ」音の表記にはほぼロシア語(とベラルーシ語)専用の「Э」という見慣れない文字を無条件で使うことになってしまっている。ロシア語でさえ語頭以外では「Э」を使わず「Е」にすることが多いのに、ある意味ロシア語以上にロシア語原理主義的である。