クライヴ

クライヴ

(一般)
くらいう゛

Robert Clive*1(1725年〜1774年)


イギリスの軍人。1757年のプラッシーの戦いに勝利したことでイギリスによるインド支配を決定づけたとされる。
デュプレクスに対抗して、天がイギリスに送り込んだ人材*2

略歴

幼少時から、学校の勉強よりも冒険を好む気質であったとされる。
18歳の時にイギリス東インド会社の下級の書記としてインドに渡る。当時のインドではフランスとの戦争がしばしば起こっていた。クライヴは軍才を現し、1751年のアルコット攻防戦で活躍、名を上げる。
1753年に一時帰国するが、1755年に再度渡印。


ここでベンガル太守軍がイギリスの拠点カルカッタ(コルカタ)を占領、英人捕虜多数が虐待死させられるという事件が起きる。クライヴは海軍と協力して1757年1月にカルカッタを奪回、さらにフランスの拠点のシャンデルナゴルを占領した。6月にはプラッシーの戦いでベンガル・フランス連合軍を破り、ベンガル太守の首をすげ替えて傀儡政権を作ることに成功した。4年にわたる勤務を終えたクライヴは1760年に本国に帰還し、下院議員となり、男爵位も得た。


1765年にはベンガル知事兼司令官としてインドに赴任、現地の混乱を収める。同年8月、東インド会社はムガール帝国皇帝からベンガルを中心とする地域での徴税権と司法権を獲得。文字通りの英領インドの礎を築くものであり、これを機に会社は植民地支配機関へと変貌してゆくことになる。
健康上の問題から1767年にイギリスに戻る。後、インドでの蓄財を理由に政治的な攻撃を受け、また、アヘン中毒でもあったため1774年に自殺。

*1:通称は「Clive of India」

*2:大ピットには悪いですが、そんないいものじゃないと思います

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