グスタフ・マーラー

グスタフ・マーラー

(音楽)
ぐすたふまーらー

Gustav Mahler
オーストリア作曲家指揮者
1860年7月7日、生まれ。1911年5月18日、死去。
独特の世界観を(時として合唱、声楽を伴う)大管弦楽で表現した。グスタフ・クリムトオスカー・ココシュカエゴン・シーレ(画家)、オットー・ワーグナー(建築家)らと共に、世紀末ウィーンを代表する芸術家として評価されている。またウィーン宮廷歌劇場芸術監督、ニューヨーク・フィルハーモニック主席指揮者などを歴任するなど、生前は指揮者としても有名であり、作曲家として毎年夏に書いているだけであった。

略歴

1860年7月7日、カリシュテ生まれ。14人兄弟の2番目
1866年:小学校入学
1869年:ギムナジウム入学.ヨハネス・ブロッシュにピアノのレッスン始める
1872年:ギムナジウムの式典ホールでピアノ演奏
1873年:オーストリア皇女の結婚式でピアノ演奏
1875年:ウィーン音楽院入学.
1876年:ウィーン音楽院でピアノ演奏で一等賞.作曲で一等賞.ピアノ四重奏曲イ短調第1楽章作曲. 
1877年:ブルックナー交響曲第3番,4手ピアノ編曲着手(ルードルフ・クルシシャノフスキーと共作).「ワーグナー協会」に入会.
1878年:作曲で一等賞を得てウィーン音楽院卒業.ウィーン大学ではブルックナーに和声法・対位法を,ハンスリックに芸術史を学ぶ.
1879年:ウィーン大学を中退.イーグラウ郵便局員の娘ジョゼフィーネ・ポイスルに恋する.
1881年:リュブリャナ(ライバッハ)州立歌劇場常任指揮者 就任
1882年:若き日の歌 完成.ライバッハのフィルハーモニー協会コンサートにピアノソリストとして出演.
1883年:カッセル王立歌劇場音楽監督(第2指揮者)就任.
1884年:交響曲第1番 スケッチに着手
1885年:プラハ ドイツ歌劇場 第2常任指揮者就任.
1886年:ライプチヒ市立歌劇場 第2常任指揮者就任.ニキシュの助手(次席楽長)
1888年:ブタペスト ハンガリー王立歌劇場音楽監督 就任.交響曲第1番 完成.交響曲第2番 着手
1891年:ハンブルク市立 歌劇場主席指揮者 就任.
1894年:交響曲第2番 完成
1896年:交響曲第3番 完成
1897年:ウィーン宮廷歌劇場芸術監督 就任.ユダヤ教からカトリックに改宗.
1898年:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団指揮者 就任.
1900年:交響曲第4番 完成
1902年:交響曲第5番 完成.アルマ・シントラーと結婚.長女マリア・アンナ誕生.
1904年:交響曲第6番 完成.次女アンナ・ユスティアーナ誕生.
1905年:交響曲第7番 完成
1907年:交響曲第8番 完成.ウィーン宮廷歌劇場 芸術監督辞任.ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場指揮者 就任.
1908年:大地の歌 完成.
1909年:ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団主席指揮者就任
1910年:交響曲第9番 完成.アルマとの関係が悪化(不貞発覚).フロイトの診断を受ける.体調悪化.
1911年:心内膜炎を患い体調悪化.治療のためニューヨークからパリへ,パリからウィーンのサナトリウムへ,ウィーンにて逝去.娘マリア・アンナの墓*1の隣に埋葬された.

主な作品

*1:ウィーン郊外グリンツィング墓地

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