辞書的な意味としては不潔ないしは不浄であること。 漢字で書くと「汚れ」もしくは「穢れ」。 現在でも「清潔」が(有害な細菌の数などの物理的な指標に基づく物でなく)精神的な概念であるのと同様、物理的に汚れているかどうかはあまり関係がない。
主に民俗・人文的な分野から考察の対象となる概念であるため、こう表記されることが多い。 「ハレ」(晴)や「ケ」(褻)などとともに日本人の精神生活の分析に頻出する概念である。
今日はご近所のお寺のお葬式に役僧として参列させていただきました。 式場は愛昇殿という所だったのですが、ロビーで興味深いパンフレットを見ました。 「喪中おせち」の案内でした。上の写真は、愛昇殿で扱っているものです。 私は「喪中おせち」というものを知らなかったのでビックリしました。年内に亡くなった方がでた家庭では、お正月を「祝う」ということはないのではと思っていたからです。年賀状もお年賀の挨拶も遠慮するのですから、お節料理もなくて当然だと思っていたからです。 愛昇殿だけのアイディアかと思ったのですが、ネットでみると何社も宣伝をしているようなので、「喪中おせち」は私が思っている以上に知られているのか…
民俗学の基礎的な思想に、「ケ」「ハレ」「ケガレ」というものがあります。「ケ」と「ハレ」は、柳田国男によって提唱された概念で、「ケ」というのは、日常的な労働と休息の時間と空間を意味し、「ハレ」というのは、祭礼や冠婚葬祭、年中行事といった特別な時間と空間の事です。また、「ケガレ」とは、「穢れ」という一般的な言葉をもとに1970年代以降に民俗学や人文学が設定した分析概念で、「ケガレ」というカタナカ表記にしたのは、「ケ」「ハレ」という概念の議論の中から出てきたからです。この「ケガレ」という概念を設定したのは波平恵美子という人です。「ケ」「ハレ」「ケガレ」の概念の関連性については、民俗学・人文学の研究者…
原爆忌ルルドの水の生温し 荒井 千佐代 2011年 俳句雑誌 空 怒りの広島、祈りの長崎 長崎とカトリック 世界遺産 永井隆博士の 燔祭説 浦上地区カトリックの人々 きょうの種 怒りの広島、祈りの長崎 二つの被曝地の地域性は全く異なり、それ故被爆死の捉え方と平和運動のあり方も大きく異なってきた。 なぜ「祈り」なのか、 そんな事を考えながら調べてみた。 長崎とカトリック 冒頭の俳句の作者、荒井千佐代さんは長崎市の出身、俳句にもカトリックの信仰に寄せたものが見られる。 十字架のイエスが踏絵ふめといふ 夏期講座イエスの系図より説かる 絵硝子の天使飛び立つ初日かな ー 朝日俳句新人賞受賞 「ナガジン」…