ゲーリー・トマソン

ゲーリー・トマソン

(スポーツ)
げーりーとまそん

[英] Gary Thomasson
ゲーリー・トマソン(1951年7月29日 - )は、アメリカ合衆国出身の元プロ野球選手(外野手)。
オーシャンサイド高校卒。
サンフランシスコ・ジャイアンツ (1972 - 1977)、オークランド・アスレチックス (1978)、ニューヨーク・ヤンキース (1978)、ロサンゼルス・ドジャース (1979 - 1980)と渡り歩き、読売ジャイアンツに1981年入団。
引退した王貞治の穴を埋める存在として期待されたが、打率.261、本塁打20本を記録したものの、同時に三振132(当時の球団新記録)を喫し、大幅に期待を裏切り、「舶来扇風機」「トマ損」「害人」(外人のもじり)などと呼ばれた。また、守備でも、同年の日本シリーズでは、失点にからむ失策を記録した。
2年目の1982年の出場は47試合にとどまり、さらに藤田元司監督とトラブルを起こしたため、同年限りで解雇。
トマソンの名は、赤瀬川原平らが提唱した「不動産に付着して美しく保存されている無用物」という意味の「超芸術トマソン」という呼び名に転用された。
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