この小説の主人公はチチコフという名前の四十代の太ったおじさんであり、彼が、ある意図を持って、とある県庁所在地を訪れるところから物語が始まる。 このおじさんの社交スキルは円熟の域に達しており、あらゆるお偉方を次々と虜にしていく。むろん読者も。「チチコフ! なんとも愉快なおじさんじゃねえか!」なんて読み進めていくのだけれども、行動の端々に不穏な影がちらつくので、ただの愉快な中年男性ではなさそうだと予感していると、第一部第一章の最後に次のような文章が登場する。 こういった我らの客にとって誠に喜ばしい評判が、市じゅうにひろまって、それは、この客の一種奇怪な本性と、企らみというか、それとも田舎でよくいう…