サダム・フセイン

サダム・フセイン

(社会)
さだむふせいん

 本名サダム・フセイン・アブドゥル・マジード・アッティクリーティー。 サッダーム・フセインとも。صدام حسين عبدالمجيد التكريتي
Saddam Hussein al Tikriti
1937(昭和12)年4月28日、イラク、ティクリットで生まれる。


イラクの元独裁者。元イラク共和国大統領。
かつてアメリカの中東政策におけるキーマンであったが、1990年のクウェート侵攻、1991年の湾岸戦争によりイラクの対米関係悪化の原因を作る。


父はフセイン・アル=マジド、母はスブハ・タルファ。継父はイブラヒム・ハッサン。
第一夫人はサジダ・ハイララ。第二夫人はサミラ・シャーバンダル。
長男ウダイ、次男クサイは米軍の攻撃により死亡。


1957(昭和32)年00月00日、バース党(アラブ復興社会党)に入党。
1968(昭和43)年07月17日、バース党政権成立。革命指導評議会副議長。
1979(昭和54)年07月16日、大統領就任。
革命指導評議会議長、バース党地域指導部書記長、国軍最高司令官。


1980(昭和55)年〜1988(昭和63)年、イラン・イラク戦争。
1983(昭和58)年12月00日、バグダッドでドナルド・ラムズフェルド米国防長官(大統領特使)と会談。
1990(平成02)年07月25日、エイプリル・グラスピー駐イラク米大使と会談。
1990(平成02)年08月02日、イラク軍、クウェート侵攻。
1991(平成03)年01月17日〜2月28日 湾岸戦争。
1994(平成06)年05月29日、首相兼任。
1995(平成07)年10月15日、国民投票で大統領信任。有効投票の99.96%が信任票。


2001(平成13)年01月06日、国軍創設80年記念テレビ演説。
2002(平成14)年10月15日、国民投票で大統領信任。有効投票(1144万5638票)の100%が信任。
2003(平成15)年03月20日〜 イラク戦争。
2003(平成15)年00月00日、米軍手配リスト・ナンバー1(スペードのエース,賞金2500万ドル)
2003(平成15)年12月13日、ティクリート近郊で米軍に拘束される。
2006(平成18)年12月30日、イラク政府により絞首刑に処せられる。享年69歳。


2008(平成20)年01月25日、死刑前の供述内容をFBI捜査官ジョージ・ピロ氏が発表。

  • アメリカの攻撃は数日間の空爆程度で、本格的な侵攻があるとは思わなかった。
  • 大量破壊兵器は持っていると見せかけていた。イランのイラク進行を防ぐのが目的。

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