サミュエル・エトー

サミュエル・エトー

(スポーツ)
さみゅえるえとー

Samuel Eto'o Fils
カメルーンのサッカー選手。ポジションはフォワード。
1981年3月10日生。身長180cm、体重75kg

所属クラブ

1997-2000
レアル・マドリード(スペイン)
1997-1998
レガネス(スペイン)
1999
RCDエスパニョール(スペイン)
2000-2004
RCDマジョルカ(スペイン)
2004-2009
FCバルセロナ(スペイン)
2009-2011
インテルナツィオナーレ・ミラノ(イタリア)
2011-
アンジ・マハチカラ(ロシア)

経歴

アフリカ特有の驚異的な身体能力を誇り、抜群の得点能力も併せ持つカメルーン代表のストライカー。特に一瞬のスピードで相手を振り切る速さは世界屈指で、あのロベルト・カルロスをも簡単に振り切った事がある。DFラインの裏へ抜け出す動きも非常にうまく、一度抜け出したら相手は容易に追いつけない。エースストライカーにありがちなエゴイスティックな選手ではなく、味方を生かすプレーや守備も難無くこなす。その前線からの積極的なチェイスは、バルセロナのプレッシングサッカーの急先鋒でもある。アフリカ年間最優秀選手賞を2003年・2004年・2005年・2010年と4回受賞。

1997年3月9日、コスタリカ戦において若干17才でカメルーン代表デビュー。1998年FIFAワールドカップフランス大会では、イタリア戦で交代出場し、同大会の最年少出場選手(歴代では2位)となる。2000年、アフリカネーションズカップでカメルーン代表初ゴール。2000年9月、カメルーンU-23代表としてシドニーオリンピックに出場。スペインとの決勝戦でゴールを挙げるなどして金メダル獲得に貢献。2002年、カメルーンのアフリカネーションズカップ連覇に貢献し、6月のFIFAワールドカップ日韓大会にエースとして出場。サウジアラビア戦でゴールを挙げるがチームはリーグ敗退。2003年6月、カメルーン代表としてFIFAコンフェデレーションズカップに出場し、 世界にインパクトを与える活躍で準優勝に貢献。2004年、カメルーンのアフリカネーションズカップ3連覇を目指すがナイジェリアとの準々決勝で敗退。2006年のFIFAワールドカップにはアフリカ予選で敗退したため出場できなかった。2010年FIFAワールドカップでは予選を突破したものの、本大会では初戦の日本代表戦から3連敗を喫し、決勝トーナメント進出はならなかった。エトー自身はこの大会で2得点をマークした。


クラブレベルでの活躍も目覚しく、2003-04シーズンにはマジョルカでシーズン17ゴールと大活躍。シーズン終了後、4年契約・移籍金2400万ユーロでバルセロナに移籍。それ以降のバルサでは、ロナウジーニョとの抜群のコンビでゴールを量産している。数々のタイトル獲得に貢献し、2008-09シーズンにはリーガ・エスパニョーラ、コパ・デル・レイ、UEFAチャンピオンズリーグの3冠を成し遂げた。個人でも2005-06シーズンにリーガ・エスパニョーラ得点王に輝いた。

2009年にズラタン・イブラヒモビッチとのトレードでインテル・ミラノに移籍。チームをセリエA、コッパ・イタリア、UEFAチャンピオンズリーグの3冠制覇に導いた。2010年にはFIFAクラブワールドカップも制覇した。

2011年8月21日、インテル・ミラノからアンジ・マハチカラ(ロシア)に移籍することが決まる。
年俸2000万ユーロ(約22億円)で、移籍金として過去最高だという。(2011年8月現在)



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