認知症を患った老人の日常を描いたフローリアン・ゼレール監督の映画『ファーザー』を観ると、記憶を失いつつある老人の身の回りで起きる不条理な世界を疑似体験することで、認知症の人が抱く不安がどういうものなのか理解できるようになる。映画の舞台はロンドンのアパートメント。娘(オリヴィア・コールマン)と暮らす父(アンソニー・ホプキンス)は、目の前で起きる出来事に疑心暗鬼になりながら、それも現実として受けとめるしかない日々をすごしていた。同居する娘の夫の何気ない言葉に潜む敵意も妄想となって現れては消える。見ず知らずの男性が自宅で娘の夫だと主張したり、その妻だという娘まで別人なのだ。記憶はますます混乱し、現実…