日本競馬史上2頭目、中央競馬としては初の三冠馬。
京都の名伯楽武田文吾の手がけた最高傑作で、馬名も武田文吾の孫、栗田伸一氏から名前取り「伸山」とされた(異説もある)。厩舎のエース栗田勝が主戦騎手を務めた。
シンザンはいわゆる「跳び」が大きく、前肢と後肢の蹄鉄がぶつかるという他に類を見ない悩みを抱えていた。その為に武田文吾が調教用に考案した「シンザン鉄」も有名である。デビュー前の評価は決して高くなかったが、無敗で皐月賞を制覇。連勝こそ途切れたものの日本ダービーも問題なく勝利し。厩舎での重度の夏負けといったトラブルも克服し菊花賞を圧勝。セントライト以来23年ぶりに三冠馬となった。翌年は前年の疲れを癒すため5月末から戦線復帰、天皇賞(秋)まで6連勝。しかし引退レースの有馬記念を前に、ステップレースへの出走を巡り武田調教師と栗田騎手が対立。結局出走し2着に敗れ、有馬記念は松本善登騎手に乗り替わる事態となった。
レースは加賀武見騎乗のミハルカスがシンザンを徹底的にマーク、直後のシンザンを確認したミハルカスは4コーナーで大きく外に持ち出し直線走路内側の荒れた馬場に誘い込む奇策に出る。しかしシンザンと松本騎手は内側ではなくミハルカスのさらに外側を鋭く伸びて快勝。中継映像ではシンザンが外ラチの影にフレームアウトし「シンザンが消えた!」と言われた。この勝利でシンザンは「五冠馬」と呼び称されるようになる。
引退後は北海道浦河の谷川牧場で種牡馬生活に入る。当時は内国産種牡馬不遇の時代であったが、シルバーランド、スガノホマレといった快速馬を輩出し種牡馬としても成功。さらに晩年の産駒から菊花賞馬ミナガワマンナ、そして二冠馬ミホシンザンといったクラシックホースが出現。五冠馬の名に恥じない成績を収めた。
種牡馬引退後も引き続き谷川牧場で大切に繋養され、1995年11月18日にカネケヤキの持つ日本サラブレッド最長寿記録を更新。また1996年5月3日アングロアラブ種タマツバキの持つ軽種馬最長寿記録も更新するが、1996年7月13日に満35歳3ヶ月11日で大往生した。この記録は現在も破られていない。京都競馬場のシンザン像や冠競走のシンザン記念、毎年7月末〜8月頭に生まれ故郷の北海道浦河町で行なわれる「シンザンフェスティバル」など、この名馬を讃える事物は枚挙にいとまがない。
| 生年月日 | : | 1961年4月2日生まれ・牡・鹿毛 |
| 生産者 | : | 松橋吉松(北海道浦河) |
| 父 | : | ヒンドスタン |
| 母 | : | ハヤノボリ |
| 母の父 | : | ハヤタケ |
| 馬主 | : | 橋元幸吉 |
| 管理調教師 | : | 武田文吾(京都) |
| 競走成績 | : | 19戦15勝 |
| 主な勝ち鞍 | : | スプリングS 皐月賞 日本ダービー 京都盃 菊花賞 宝塚記念 目黒記念(秋) 天皇賞(秋) 有馬記念 |
| 備考 | : | 1964年啓衆社賞年度代表馬、最優秀4歳牡馬 1965年年度代表馬、最優秀5歳以上牡馬 1984年顕彰馬に選出 |
| 年月日 | 競馬場 | 距離 | 競走名 | 着順 | 騎手 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1963年11月10日 | 京都競馬場 | 芝1200 | 3歳新馬 | 1 | 栗田勝 | |
| 1963年11月30日 | 阪神競馬場 | 芝1400 | 3歳オープン | 1 | 栗田勝 | |
| 1963年12月14日 | 阪神競馬場 | 芝1600 | 3歳中距離特別 | 1 | 栗田勝 | |
| 1964年1月4日 | 京都競馬場 | 芝1600 | 4歳オープン | 1 | 栗田勝 | |
| 1964年3月29日 | 東京競馬場 | 芝1800 | スプリングS | 1 | 栗田勝 | |
| 1964年4月19日 | 東京競馬場 | 芝2000 | 皐月賞 | 1 | 栗田勝 | |
| 1964年5月16日 | 東京競馬場 | 芝1800 | 4歳オープン | 2 | 栗田勝 | |
| 1964年5月31日 | 東京競馬場 | 芝2400 | 日本ダービー | 1 | 栗田勝 | |
| 4ヵ月間休養 | 調整 | |||||
| 1964年10月10日 | 阪神競馬場 | 芝1800 | 4歳以上オープン | 2 | 栗田勝 | |
| 1964年11月1日 | 京都競馬場 | 芝1800 | 京都盃 | 2 | 栗田勝 | |
| 1964年11月15日 | 京都競馬場 | 芝3000 | 菊花賞 | 1 | 栗田勝 | |
| 6ヵ月間休養 | 放牧 | |||||
| 1965年5月29日 | 阪神競馬場 | 芝1600 | 4歳以上オープン | 1 | 武田博 | |
| 1965年6月13日 | 阪神競馬場 | 芝1850 | 4歳以上オープン | 1 | 武田博 | |
| 1965年6月27日 | 阪神競馬場 | 芝2000 | 宝塚記念 | 1 | 栗田勝 | |
| 3ヵ月間休養 | 調整 | |||||
| 1965年10月2日 | 阪神競馬場 | 芝1850 | 4歳以上オープン | 1 | 武田博 | |
| 1965年11月3日 | 東京競馬場 | 芝2500 | 目黒記念(秋) | 1 | 栗田勝 | |
| 1965年11月23日 | 東京競馬場 | 芝3200 | 天皇賞(秋) | 1 | 栗田勝 | |
| 1965年12月18日 | 中山競馬場 | 芝2000 | 4歳以上オープン | 2 | 武田博 | |
| 1965年12月26日 | 中山競馬場 | 芝2600 | 有馬記念 | 1 | 松本善登 |
| 牡馬 | 性 | 生年 | 母 | 母の父 |
|---|---|---|---|---|
| ミホシンザン | 牡 | 1982年 | ナポリジョオー | ムーティエ |
| ミナガワマンナ | 牡 | 1978年 | ロングマンナ | ヴィミー |
| スーパーシンザン | 牡 | 1987年 | シバツル | キノー |
| アサヒダイオー | 牡 | 1975年 | アサヒタマナー | タマナー |
| アサヒテイオー | 牡 | 1979年 | アサヒタマナー | タマナー |
| ブルスイショー | 牡 | 1970年 | 都菖 | アドミラルバード |
| キャプテンナムラ | 牡 | 1975年 | フェアリーレデー | ソロナウェー |
| グレートタイタン | 牡 | 1975年 | リレントデーター | Count of Honor |
| ゴールデンボート | 牡 | 1975年 | イヴォンラパカ | ファーザーズイメージ |
| シルバーランド | 牡 | 1970年 | ヤサカランド | ヤサカ |
| シングン | 牡 | 1968年 | ヒガシヒメ | ゲイタイム |
| シンザンミサキ | 牡 | 1969年 | ハルアサヒ | モンタヴァル |
| スガノホマレ | 牡 | 1969年 | モトコ | ライジングフレーム |
| ハシコトブキ | 牡 | 1974年 | コウセキ | メイズイ |
| ロイヤルシンザン | 牡 | 1975年 | パールヤシマ | モンタヴァル |
| 牝馬 | 性 | 生年 | 母 | 母の父 |
| ウラカワチェリー | 牝 | 1972年 | セカイイチオー | ティエポロ |
| キョウワシンザン | 牝 | 1983年 | ハシノアラシ | テューダーペリオッド |
| フジマドンナ | 牝 | 1976年 | オートトップ | ガルカドール |
| ブルードメアサイアー | 性 | 生年 | 父 | 母 |
| サプライズパワー | 牡 | 1994年 | ミュージックタイム | シノブモチズリ |
| カンファーベスト | 牡 | 1999年 | アンバーシャダイ | カタリナラビット |
| シヨノロマン | 牝 | 1985年 | リードワンダー | シンシラオキ |
| ナチノパーソ | セ | 1982年 | パーソナリティ | ナチノシブキ |
| ブランドミッシェル | 牝 | 1989年 | ニシノエトランゼ | オーロラシロー |
| ソダカザン | 牡 | 1984年 | ブレイヴェストローマン | イコマフレンド |
| フリートホープ | 牡 | 1982年 | フリートウイング | ニユーシャドウ |
| カツダイナミック | 牝 | 1983年 | イエローゴッド | カツトップガール |
| ヒンドスタン *Hindostan |
Bois Roussel | Vatout | Prince Chimay |
| Vasthi | |||
| Plucky Liege | Spearmint | ||
| Concertina | |||
| Sonibai | Solario | Gainsborough | |
| Sun Worship | |||
| Udaipur | Blandford | ||
| Uganda | |||
| ハヤノボリ | ハヤタケ | *Theft | Tetratema |
| Voleuse | |||
| 飛竜 | *Clackmannan | ||
| *Yinkari | |||
| 第五バッカナムビューチー | *Touresol | Gainsborough | |
| Soliste | |||
| バッカナムビューチー | *Shian Mor | ||
| 第三ビューチフルドリーマー |